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シンデレラコンプレックス

第6話 『乙女の心は花と生まれる』2


改札を出ると、通路を挟んで真正面に駅ビルの入り口がある。

(とうとう、来てしまった)
そして、怖気づいている。

ずっと立ち止まっているのもヘンだ。

「はぁ~」

大きく深呼吸して、一歩を踏み出す。
メンズショップ『:actor』は駅ビル2階。エスカレーターを昇った先にある。

マネージャーがいなきゃいいな…
店長がいなきゃいいな…

まるで、登校拒否の気分。

エスカレーターを昇り切ると、目につくところにお客さん以外の姿は見えなかった。が、

背後でなにかが落ちる音がしたと同時、
「あなた!」
突然の甲高い声。

振り返ると一番会いたくないマネージャー千佐が目を見開いて立っていた。
「あ、こんにちは…」

「こんにちは、じゃ、ないわよ!」
殴られる…と思った瞬間、今度は背中に壁が当たった。

「辞めないか。店先だぞ」
頭上から響いたその声は、店長だった。

「あ、あの…」
なんの言葉も用意していないまま口籠ると、

「こっちへ…」
腕を引かれてバックヤードに促された。

カウンターにいるはずのナナ江ちゃんの姿が見えない。
それがよかったのか、悪かったのか、判別がつかないままにカーテンは閉じられた。

いよいよ殴られるのかと、向かい合う店長を前に俯いていると、

「本当に、申し訳なかった」
そういって彼は深々と頭を下げた。

(え…)
なにそれ。
「ぁ、いや。やめて。やめて、やめて。そんな、わたしが悪いのに!」
こんなに「やめて」と連呼したら、なにかされているのかと誤解されてしまうかもしれない…とは、あとから後悔したことだった。

「いや、悪いのはこちらだ。君の立場も考えずに」
「いいです、もういいんです。顔上げてください」

(ちょ…と、これは想定外)

「だが、」

「す、と~っぷ」
思わず手のひらを彼の肩に突き出した。

「わたしも、あんな公衆の面前で、あなたに恥をかかせたのだから」
こちら側が謝らなければならないのに、逆に頭を下げられてしまうとは、これはいったいどういう状況なのか。

「本当に、すみませんでした」

「いや、それは当然の仕打ちというか…」
そして彼は、少し自分の話をした。

いつもの店長らしくないと思った。
この状況に、ものすごく困っている様子にも受け取れた。

「あの、ナナ江ちゃんは…」
この期に及んで話を逸らすとは、我ながら大暴投だと思う。だが、他に言葉が浮かばない。

「あぁ。間もなく戻るが…」
「あ、別に用があるわけじゃないんです」

(じゃぁ、なんで聞いたのよ!? バカなの、あたし)
なんだか調子が狂う。

「そうか。…そうだ、客注の品が届いているが」
彼はいつも通り冷静に見える。

「あ、そうです。それです。取りに来ました」
だが、こちらはそうではない。

「じゃぁ、こっちで…」
シャッ…と、小気味よい音を立ててカーテンが開くと、店内の灯りをバッグにナナ江ちゃんが立っていた。

「…ユナ? 店長」
明らかに動揺した目をしている。

「あぁ。彼女の荷物の手続き、してやって」
店長はそう言い残して、その場を去った。

(逃げた~)
この気まずい顔を残して、逃げたな店長!


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