ケーキ

連載『オスカルな女たち』

《 治りにくい傷 》・・・10

「ダメですよ」
(え…)
「その手には乗りません」
 まっすぐ前を見据えたまま答える真田。よく表情が見えない。
「その手…?」
「その場しのぎで逃げられたらかないません。そんなことより、反故になってる話。前向きに善処してください」
(反故? あぁ…旅行のこと…?)
「まだあきらめてないの…?」
このままやり過ごせたら…とは思っていた。さすがにそれは「善処」できない。
「あきらめない、って言いましたよ。…キスはその時に取っておきます」
 この男(ひと)は、本気で自分とのことを考えている。こんな風に思われるのが、女のしあわせなんだろうな…と、なぜその相手が幸(ゆき)ではないのだろうと心底思う織瀬だったが、本音は幸のことなど頭にはなかった。
(やばい、やばい、やばい、やばい…)
 マンションのエントランスを駆け上がりながら、織瀬は自分の行動に羞恥し、激しく動揺していた。

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