コンサート

わたしをみて

「なかなかよさそうな人じゃない」

どこにでもありそうな狭いBarのカウンターで、折れそうなほど細っこい肢体を揺らしながらグラスを磨いている、昔好きだった男に今つきあっている彼氏を引き合わせたときの感想…が、これだった。
「わたしはあなたと泥沼のような恋がしたかった」
そう言ったらこの男はきっと失笑し『まさか』と笑うだろう。そのくらいわたしとこの男は年の差がひらいている、憎らしいほどかわいい男。
「彼ならきっといっちゃんのこと大事にしてくれるよ」
年下なのにこの上からの物言い、牽制してるのか生意気なのか、読めない…というより食えない男。
「そう?  合格?」
「まぁ…合格。今のところ、うわべは」
「またそんな言いかたして」
生意気なんだから…という言葉を飲み込む。なんとなく、頑張って大人ぶってる彼を気遣ってしまう。そんな必要もないのかもしれないけれど。
「じゃ、帰る」
バッグを取り上げ財布を探す。
「もう少し飲んでいきなよ。今日はもう上がるから」
「あら、そう? いいの?」
遠回りなのに。
「いいよ」
遠回りでも「ドライブ」が好きだなんて、いつも送ってくれるけど、ただほんとに送るだけなのよね。

つまらない。
ほら、もうついちゃった。
「たまにはキスでもしてみたら? 送りオオカミみたいな」
また、笑われるかな。どうせありはしないけど、このくらいの愛嬌どうってことないわよね。
「え?」
おでこ?
「おやすみ」
軽く微笑んでくれちゃって、ホント動じない男ね。少しはうろたえてみなさいって言うのよ!
「ばかにしてるの?」
「彼氏に悪いだろ」
「あぁそういうこと」
彼がいなくてもしやしないくせに…でも、まぁいいか。おでこが少しくすぐったい。

「わたし、あなたのこと好きだったのよ。なのにいつも軽くかわしてくれちゃってさ」
意地悪く見上げた目線の先は、照れ笑い。
「オレはいつもいっちゃんが怖かったんだよ」
「なによ、それ」
「なにを言われるか。オレの腹ん中全部見えてんじゃねーかって、ハラハラしてた。なのにそれが仕掛けられてたとは、ね。…もう少し色目使ってみてればよかったのか」
開けてびっくり玉手箱、これはどういう展開だろう。
「ひどい…ってか、怖いって」
確かにいろいろ知りたくて、遠まわしに聞き出そうとはしてた。うまく誤魔化していたつもりだったのに、それが探りを入れてると思われてたとは。まさか怖がらせていたとは。
「だから頑張って対等であろうとした。生意気だったでしょ?」
「またそれがよかったのかもね。でも、疲れちゃった?」
「そうでもない。違う意味で、それは駆け引きだろ? 負けないための」
「負けちゃえばよかったのに…。負けてたら、落ちてた?」
「さぁね」
「またそういう…最後くらい本気で答えてよ。わたしのこと、少しでも好きだった?」
「そういうストレートなところが羨ましいかな」
「誤魔化さないで」
「…嫌いじゃない」
「それじゃ答えになってない」
「でも、それが正直な気持ちだよ。そういう対象で見てなかったから」
「じゃぁそういう対象で見て」
「無理だよ」
「なんでよ…?  魅力ないから…?」
「そういうわけじゃないけど、今更そんな風には見れないよ」
「つまんない」
「だろうね…」

「今からでもそういう目では見れないの?」
あ、困ってる目。
「こういうところが怖いってわけね」
苦笑い。
「がっついてるみたいで、やな女よね」
「いや、素直でかわいいよ。羨ましいって言ったろ?」
「なんで上から目線? 訳わかんない」
「いっちゃんはかわいいし、魅力がないとも思わないよ」
「でも対象ではないってことね」
あ、また困らせた。
「でも、魅力がないわけじゃないのよ、ね…?」
「うん。それで勘弁して」
「じゃ、最後に。最後に最高のキスして」
「え?」
「もう困らせないから、お願い。そしたらもう、くどかない」
「オレ、口説かれちゃってんだ」
「またそういうこと言って。誤魔化さないで」
もう引っ込みもつかないし、涙出そう。
「目閉じて待ってる」
唇を突き出してみる…がすぐに目を見開き、
「でも、おこちゃまのキスじゃないからね! ちゃんとよ…ちゃんとってのも変だけど、今だけ女扱いして」
懇願してる。もう、情けないを通り越して恥ずかしい。恥ずかしいから、もう一度目を閉じる。
小さなため息…また困らせてる。でも、最後くらいいいよね。

彼の気配が近づいてくるのが解る。なんだか緊張して体が強張る。
彼の右手が、わたしの左頬に触れた…そして、

「ダメ…」

キスしてしまったら、もう会えなくなる。それはもっとイヤ。だけど、このままずっと好きでいることもできない。だって、わたしは彼にとってはそういう対象じゃない。

ちゅ…

唇の端…。この男は、どこまでわたしを惑わせるんだろう。

いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです