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青と夏

〇皆殺し、のような暑さだ。口から火が出そう。東京に上京して初めての夏だ。思えばあんな田んぼしかない田舎に住んでいたのに、今はビルに囲まれている。感慨深いと言うべきか。ただ涼しい風は吹かないし、青空の匂いなんか全く感じない。今は冷房の効きまくった部屋でダラっと過ごしている。この間仙台に出張に行った時に買った萩の月がまだ残っていたので冷蔵庫から取り出して食べた。死ぬほど美味かった。夏が来た。

小学生の頃、田舎道を車で走ると左も右も広がるのは田んぼで、そこに青い空が広がる。また少し先を進むとひまわりが咲いている公園が見えてくる。祖父母の家はその公園の近くにあった。そして祖父母の家で聴こえる風鈴の音、庭先で食べるスイカ。あの風景を見ると脳内で久石譲の「Summer」が流れる。あれを俺は夏と呼んでいた。

中学生の頃、初めて彼女ができた。俺の名前は碧。「あお」と呼ぶ。彼女の名前は葵。「あおい」と呼ぶ。どちらも青だった。同級生から「お前ら、どっちも青じゃん!真っ青じゃん!早く別れてお前の顔面が真っ青になれ!」と言われた。俺は葵と夏祭りに行った。葵は浴衣を着て現れた。俺はTシャツに紺色のズボンを履いて行った。浴衣なんか持っていなかった。今思えばあの子のためにも着れば良かったんだと思ったんだけど、葵の「なんでTシャツにPERFECTって書いてあるの?なんかウケるね」って言葉に救われた。たこ焼きを食べて、スーパーボールすくいやって、花火を見た。キスはおあずけを食らった。あの時、夏を感じた。

高校生の頃、嘘がきっかけで酷く人を傷つけた。そしてそれは俺の失恋へと繋がった。葵は健吾という男と付き合いだした。しかも健吾の苗字は赤木だった。お前、赤に青、って。それビートルズのベストじゃないんだしさ。って葵にLINEを送ったところで俺は涙が出た。あんなに綺麗に涙が出るもんなんだなと思った。我ながら感心した。これは最優秀主演男優賞だと。自宅にストックしてあったガリガリ君を食べたら、当たりがでた。よっしゃこっからだ。俺の夏はまだ終わらないぞ。

大学生の頃、夏休みが9月の中旬くらいまであって最高だと思った。なんだったら9月に入ってから、ここからが俺たちの夏だ、なんて言ってバーベキューしたり夏フェスに行ったり江ノ島行ったり冷やし中華食べたりした。夏になると短期のアルバイトの募集が沢山あっていくつも経験した。夏期講習の塾講師のバイト、夏フェスのバイト、花火大会の交通整理のバイト、オープンキャンパスのバイト、など。1番印象に残っているのはビアガーデンだ。ビアガーデンと聞くとなんかオシャレなイメージがあったんだが、実際は違かった。ワイシャツ姿のサラリーマンが多く、若い男女、特に俺と同じ大学生なんか居なかった。サラリーマン連中はよく酔っ払ってんだがなんだか知らないが「これ、おかわりくれる?」と言ってくる。いやお前がさっきまで飲んでたのなんか覚えてるわけねえだろ、とかは言わずに適材適所で対応した。ビルの屋上のビアガーデンだったのだが本当に夜なのに暑くて美味しそうにビール飲んでる客の顔を見て、あの人たちにとって今が夏なんだな、と思った。

InstagramでAV女優とかモデルの投稿を見て癒されている。#愛されボディ とかつけて投稿してるから、愛してやるよ、とことん。ほら、愛するぞ?俺が愛するからな?愛されたいんだろ?愛してやるよって気持ちになる。こんなこと言えるのが夏。アイツと君と馬鹿な顔した奴らと過ごした夏を思い出す。八王子が39度を超えたらしい。その暑さに負けないくらいの夏が、今もどこかで人それぞれの夏が、始まっている。映画なんかじゃない、次は君らの番だ。僕らの青だ、僕らの夏だ!さあ主役は貴方だ!愛しい日々だ!

つけっぱなしのテレビから聞こえてくる。
テレビ中継「八王子が39度を超えました!」
チャンネルを変える。
ワイドショー「芸能人の不倫というのが止まらないですね」
チャンネルを変える。
アニメの再放送「真実はいつもひとつ!」
チャンネルを変える。
ドラマの再放送「東大へ行けー!」
チャンネルを変える。
テレビショッピング「なんと今ならこのテレビが39800円!金利手数料全てジャパネットが」
チャンネルを変える。
懐かしの洋画「筋肉モリモリマッチョマンの変態だ」
チャンネルを変える。
千鳥ノブ「おいおいおいおい、死ぬど!」
チャンネルを変える。
甲子園予選「球児たちの夏は終わりません!」
チャンネルを変える。
武田鉄矢「え、えーっと、誰だっけ、あー、あっ、蒼井そら!」
チャンネルを変える。
今どきの若者の該当インタビュー「青すぎて緑」
チャンネルを変える。
音楽番組「それでは聴いてください、青山テルマさんでそばにいるね」
青山テルマ「ここにいるよ」
クリープハイプ「夏のせい!」
RADWIMPS「夏のせいにして~」
aiko「夏のせい!ざにぶら下がって~」
フレンズ「夏に!恋してごめんね~」
夏井先生「とても上手い句でしたね」
浜田雅功「はい!特待生!」
IKKO「まぼろし~」
KEYTALK「MABOROSHI SUMMER」
エルサ「いや、しっかし、本当に、少しも、寒くないわ」
馬鹿「今は冬!」
不良「マジで体がだりぃ~」
粗品「体調不良!(手を添える)」
宅急便「宅急便でーす。ここにサインか印鑑くださーい」
俺「サインで、ってあれ?」
宅急便「え?」
俺「葵?」
葵「碧くん?」

合図がした。