とあるバンドマンの官能夜話(第十六夜)「マイ・マイクの功罪」

「ボーカリストにとって、マイクは楽器である」と言うことで、ブッキングライブの時に持ってきた「マイ・マイク」を使うことを希望される方がたまにいらっしゃいます。私も「ボーカリストにとって、マイクは楽器である」の考え方には賛成です。コロナ禍で、感染予防の観点からも、自分のマイクを使うと言うことは良いことだと思います。

でも、複数の縁者さんが出演するブッキングライブで、「マイ・マイク」に差し替えたとたんに、ピー!とかウワーンってハウリングし始めて、PAさんがミキサー卓に走ると言う場面を見たことありますよね?

これはミキサー卓の入力レベルを調整しているゲインが大き過ぎることが原因で、ハウリングが発生しているのですが、なぜこんなことが起こるのか?それは、マイクのメーカー型番によって、マイクから出力されるレベルの大小や、音響特性が違うからです。

ライブハウスのPA(音響)と言うのは、簡単に言うと、音の入り口側から「マイク」>「マイク・プリアンプ(ミキサー卓内)」>「イコライザー(以下EQ)」>「パワーアンプ」>「スピーカー」と言う順序で接続されているのですが、PAの卓の一番入り口側にあるのが「マイク・プリアンプ」で、アナログ/デジタルの細かい違いはあっても、内蔵か外部にEQが接続されていて、ミキサー卓のフェーダーに信号が返ってきて、そこからパワーアンプへ出力されます。

ほとんどのライブハウスでは、音響的に扱いやすく、衝撃や湿度変化に強いタフなマイクとして、ShureのSM58をボーカル用マイクとして使っていて、システム全体の基本のイコライザーのチューニングをこのSM58で設定している場合が多いのです。

うちの店でもライブ時はSM58でチューニングした設定を使っています。平日のカラオケ時はSM58もよりタフでハンドリングノイズが出にくく、小さな声の人でも扱い安い、出力の大きなJTSのマイクを使っていますので、カラオケ時はそのマイクでチューニングした設定を呼び出して使っています。

他にもうちのバンドのボーカルさんが使っている、ShureのSuper55とか、AudixのOM系のマイクなどでもチューニングしていて、それらのマイクについてはスタンバイOKと言う感じです。

この「チューニング」と言うのは、PAをオペレートする上で一番基本になる部分なので、とても時間を掛けて調整します。チューニングの基本は、まず、音量を上げてもハウリングしにくいように、ハウリングする周波数をカットすること、「さしすせそ」などの歯擦音を低減させること、ボーカルに関しては、ボーカルが自然に聞こえること、そして何よりも音楽が音楽的に聞こえることを主眼に調整します。

ボーカリスト起因のハウリングの発生は、たとえばマイクの持ち方が、マイクを包み込むような握り方をする等の、ボーカリストのマイクの扱いに関する無知によるものや、マイクと口との距離と口の中の体積の関係等による、ボーカリストの骨格などの物理的な原因によるものなど、様々なものがありますが、チューニング時には色々な使われ方をすることを前提に、マイクを短く握り込んだり、口の中の体積を大きくして口をすぼめて出来るだけ低い音程で大声でウォーとかやったり、大声でシーとかシャッとか言ったり、高音から低音までハーとかヘイとか、会場内で聞いている人が居れば、「あの人頭がおかしいんじゃない?」と思われることを延々とやって調整して行きます。

こうやって、入り口から出口までチューニングした状態でも、声の質はボーカリストそれぞれなので、個別の演者さん毎の調整はリハがあればリハ時にやって保存しておきます。ただしリハがないオープンマイクや短時間のサウンドチェックしか出来ない場合は、本番中に個別のボーカルのEQをいじることになります。

ここまでチューニングの内容をお読みになった方は既におわかりかと思いますが、いきなりチューニングの出来ていない「マイ・マイク」を接続しても、決して良い結果が得られないと言うことは自明の理です。ましてやSM58よりも出力が大きなマイクを持って来られると、いきなりハウリングが始まります。うちの店にも何種類かのマイクがありますが、ほとんどのマイクがSM58よりも出力が大きいので、マイ・マイクを使われる場合は、若干ゲインを下げてからミュートを解除しますが、ブッキングライブの転換中にいきなり「マイク変えても良いですか?」ってステージ上から言われた場合など、対応仕切れない場合も多いのです。

マイ・マイクの使用について、ネットの記事を読むと、マイクを持ち込んで良い結果が選れレないのはPAの怠慢だとか言う書き込みが多いのですが、チューニングと言うのはとても時間が掛かる作業で、ワンマンライブやリハ時間が十分にある場合以外は、事前にマイクを預かるなどしないと、とても持ち込んだマイクのチューニングなんて出来ないのが実情です。

また、マイ・マイクを持ち込まれる方は、どのようにマイマイクを選ればれているのでしょうか?スタジオのある楽器店で、何本かスタジオに持ち込んで選ばれたのでしょうか?そのスタジオで自分の声にあったマイク、歌いやすいマイクだったとしても、それはそのスタジオのチューニングがたまたまそのマイクに合っていた、もしくはレンタルスタジオに良くある、EQがストレートで何もいじられていない状態で、たまたまミキサー卓のプリアンプと、スタジオのパワーアンプとスピーカーから出てきた音が、自分の好みだったと言う偶然かもしれません。

さらに、そのスタジオでテストする時に、マイクのゲイン調整はちゃんとしましたか?そもそもマイクのゲイン調整の仕方は知っていますか?マイクのゲイン調整と言うのは、ミキサー卓の内部回路の入り口側にあるプリアンプに入る信号の大きさを調整する「GAIN」と言うつまみを回して調整します。マイクの音量を変えるのに、ゲインとフェーダーと2つの調整するつまみがありますが、ゲインは入口側、フェーダーは出口側の調整です。

ゲインをどんどん上げて行って、大声をマイクに入力すると音割れがします。この状態でフェーダーを下げても割れた音が小さくなるだけです。また、ゲインが小さすぎると音質的に細い声に、上げすぎると太い声になる傾向があります(プリアンプにより様々ですが)。

実際には、マイクのゲイン調整と言うのはフェーダーを0まで上げた状態で、マイクに最大の入力(一番大きな声を出す)をして、レベルメーターが0まで振れるように調整します。マイクのゲイン調整は音質にも影響しますので、ここをちゃんと調整していないと、マイクの音質のテストをいくらやっても意味がありません。「フェーダーを0にする」には意味があって、「フェーダー0の状態はミキサーの回路内でプラスもマイナスもしない状態」=一番音が良い状態で調整すると言うことになります。

ここまで読まれた方はお気づきでしょうが、自分に合ったマイ・マイクと言うのが、本当に自分に合っているのか?判断はとても難しいと言うことです。もっと言えば、グライコ内蔵のデジタルミキサーや外付けの30chのEQを設備として持っていない、チューニングすらしたことがない、簡易PAしか置いていないライブバーに行って、マイ・マイクを使うことは、衛生的、精神衛生的な意味はあっても、果たしてそれが良い結果を得ているのか、疑問が残る部分ではありますが、ちゃんとPAのチューニングをして、お客様をお迎えしようと言う店にとっては、チューニングの時間が与えられていない場合は、店の用意したマイクを使って頂くか、衛生的なマイ・マイクとしてSM58を選んで持ち込んで頂くのがベストと考えます。

もちろん、ワンマンライブとか、リハまでにチューニングの時間が取れるようなライブなら、マイ・マイクの持ち込みは吝かではありません。

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