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奇跡の条件が成立したイタリアGP。Pierre Gaslyの優勝に思うこと。

 トップ画像はF1チームWilliamsの少し前のボディ。Ayrton Senna(アイルトン・セナ)がMarlboroのロゴの入ったF1マシンで活躍していた頃、青いボディに黄色のCAMELの文字のF1マシンがAyrtonのライバルとして立ちはだかっていたのを覚えている人も少なくないでしょう。このチームはSir Frank Williams(78歳)が率いるWilliams家の所有チームでした。しかし先週のイタリアGPを最後にWilliams家はチームの運営から手を引きます。経営難に陥っていたとも言われておりチームの経営権を売却したニュースは先日聞いていましたが、運営からも手を引く事になりました。オールドファンとしてみれば寂しい話でもあります。イタリアGPのゴールライン通過後のWilliamsのドライバー2名がWilliams家への感謝の言葉を無線で話していましたが2人とも感極まっていたのか言葉が詰まっていました。それほどまでにF1ドライバーにとっても大きな存在の伝説のF1ファミリーでしたね。我々F1ファンを興奮させてくれたWilliams家の皆さん、長い間本当にありがとうございました。Williamsというチームは経営者が変わって残りますので、これからの更なる飛躍に期待をしたいと思います。

 さて、そのイタリアGPですがなんとScuderia Alphatauri(アルファタウリ)のPierre Gasly(ピエール・ガスリー)がF1人生における初優勝を成し遂げました。Pierreの表彰台は昨年の初表彰台となった2着だったブラジルGP以来の事です。Alphatauriにとっては前身のScuderia Toro Rosso(トロロッソ)時代のSebastian Vettel(セバスチャン・ベッテル、現Scuderia Ferarri所属)以来、12年ぶりの快挙となりました。

 レースは劇的でした。スタートは10番手で始まったPierreですが20周くらいになりそうな時に運命の扉が開きます。扉を開けたのは上位にいてもレースに何かと影響を与えられる運命を背負うチームHaas Formula (ハース)。ドライバーのKevin Magnussenが運転するマシンがトラブル発生でピットレーン入り口付で停止、イエローフラッグが振られます。するとPierreは即座にピットインでタイヤを交換します。そしてその後運営は安全を期してセーフティカー導入&ピットレーン閉鎖(ピットイン禁止)という判断を下しました。

 このレース1つ目のポイントはここで、Mercedez AMGのLewis Hamilton(ハミルトン)がこの時、ピットイン禁止の案内を見落としてピットインをしてしまったのです。これにより絶対王者Lewisがピットにストップしての10秒ペナルティを受けることになりました。どこからでもレースに影響を与える運命を持つHaas、恐るべし。

 やがてKevinのマシンが撤去されピットレーン入り口から危険性がなくなった段階で、運営によってピットインが認められ各車ピットイン、タイヤ交換をしてコースに戻ります。ここでKevinのアクシデントによるピットレーン閉鎖前にピットインを消化していたPierreが下位から一気に3番手の位置に浮上します。早めのピットイン戦略を考えたチームにとってはまさに大手柄でした。

 全車ピットからコースに復帰しセーフティカーがコース上からいなくなりレースが再開します。先頭はLewisのままですが2周以内にペナルティを消化しなければいけない為、当面の先頭は2番手にいるRacing PointのLance Stroll(ストロール)です。しかしLanceはピットインをしないでコース上に残ったがゆえの2番手ですのでやがてピットに入らなければいけません。つまり3番手にいるPierreが実質のトップという状況でレースは再開となりました。

 しかし再開してすぐにFerrariのCharles Leclerc(ルクレール) が大クラッシュし赤旗でレース中断となりました。ここがこのレースにおいて2つ目のポイントです。そのポイントとはLewisがピットインをしてペナルティの10秒停止を消化する前に赤旗中断になった事です。実況によるとLewisはセーフティカー明けに即ピットインするつもりだったようです。しかしCharlesのクラッシュがLewisのピットインをブロックする形となってしまいました。

 さて、ここからはタラレバの話ですが、もしCharlesのクラッシュがもう1周後に発生し、Lewisが先にピットインでペナルティを先に消化できていたらどうなっていたか?を考えてみます。

 まずLewisがCharlesのクラッシュ前にピットインできたと仮定してみると、先頭に上がっていたのが2番手にいたRacing PointのLance 、2番手に上がっていたのはピットイン戦略が大正解となったPierreです。再開後とはいえ直前のセーフティカーで隊列が詰まっていたのでLewisは隊列の1番後ろ、つまり最下位で戻っていたはずです。そしてそこでCharlesがクラッシュするという想定になると、赤旗で再スタートの状況が変わります。

 Lewisは最下位ではあるものの赤旗再スタートのおかげで先頭との30秒近い差を一気に解消できスタートラインからの全車一斉再スタートという幸運を獲得できます。つまり先頭から数秒程度離れた位置でのレース最下位に変わるわけです。マシン性能で圧倒的な強みを持つLewisにとってタイヤの劣化以外に嫌なものはないでしょうが、強いていえば追い抜きが難しいこのコースを走りながら抜く事は彼にとっても少し手こずる作業です。しかし再スタートとなれば彼はスタート後から1コーナーまでの直線においてマシン性能、ドライビングスキルの差で多くの車を一気に抜く事ができるでしょうから、スタートダッシュを決めて中位まで上がれた可能性はかなり高く、先頭から10秒程度の差で最初の周を終え、その後残り20周以上をかけて他車を交わしながら先頭のPierreに追いつくこともできたかもしれません。実際1秒以上のラップタイム差がPierreとありましたので他の車との兼ね合いを含めても残り5周程度でLewisはPierreに追いつけた可能性がありますね。そうなると、マシン性能の差からみても残り5周をLewisから守りきれる事はほぼ不可能ですので、このタラレバ論においてはPierreの優勝の可能性は限りなく低かったと感じます。

 しかし実際の結果はLewisのピットイン前にCharlesがクラッシュしLewisはペナルティを消化できず赤旗再スタート時も先頭にいる事になりました。そして再スタート後、1周でピットに入りPierreと30秒程度の差が開き最下位に落ちるという致命的な状態となりました。なぜ10秒ペナルティなのに30秒程度の差も開くのかを説明しますと、Lewisが受けたピットでの10秒停止のペナルティというのは本当は10秒だけの影響ではありません。ピットレーンに入れば最高時速が制限され低速走行をしなければいけませんからその分もタイムロスとなります。イタリアGPのコースではピットインだけで20秒近くロスすると言われており、ペナルティの10秒と加えて実質30秒のペナルティを受けるようなものです。ここからみてもLewisへのペナルティがいかに重たいものだったかがわかると思います。

 つまりPierreの優勝は、(1)その周での発生でしかPierreに運が向かなかったChalesのクラッシュタイミング(2)滅多にミスを犯さないLewisのケアレスミスによる10秒ペナルティ(3)ペナルティを作る原因になったレースにどこからでも影響を与えられる運命を背負うHaasとKevin、という3つの運命が作り出した「奇跡の条件」によって生成された「奇跡の優勝」だったわけです。

 そう考えると結果的にPierreの仲間であるChalesのクラッシュがPierreの優勝をアシストをする形になったわけです。Pierreは先週のSPA(Belgium GP/ベルギーGP)でも神がかった走りでRacing PointのSergio Perez (ペレス)を抜き去りました。抜き去ったあたりは彼の友人であるF2ドライバーだったAnthoine Hubert(アントワーヌ・ユーベル)が昨年クラッシュで亡くなった地点で、見ているこちらがPierreの走りに鳥肌が立つほどでした。今の彼は、彼が大切にしてきた仲間に守られているような感じがします。奇跡の条件の成立にもしかしたらAnthoineの見えないサポートがあったのかもしれないと、表彰式の時に天を見て何かを呟いていたPierreをみて感じました。逆にそのPierreの神々しさに一抹の不安を感じた部分もあるのですが、Anthoine、どうかPierreを守ってくださいね。

 さて、レースに戻りますとPierreは再スタートの蹴り出しがはまり2番手だったLanceを1コーナーまでに交わして自身が2番手にあがり、Lewisのピットイン後に先頭に立ちその後20周以上先頭で周回を重ねました。その後2番手に上がって猛追してきたMcLaren Racing(マクラーレン)のCarlos Sainz(サインツ)との4秒差を20周以上かけて戦略的に費やしわずか0.4秒差で見事優勝のチェッカーフラッグを受けました。

 先頭にいたPierreは1秒以内にCarlosに迫られると高速化できるDRSを使われてしまう(1秒以内の差でのみ使用可)のでほぼ間違いなく抜かれてしまいます。なのでPierreがCarlosを1秒以内に接近させたのは最終ラップに入る手前でした。DRS計測ポイントの前か後だったのかわかりませんが、いずれにしてもCarlosとの不利な直線勝負を1回だけに限定してその1回を見事に押さえ込みました。後のPierreのコメントにありましたが、Carlosは直線が早いのでPierreはコーナーでタイムを稼いで直線のためのエネルギーを蓄えていたようで、じわじわと迫られた結果、最後に来るであろう接近戦でのタイマン勝負を想定しながら走っていたようです。この明確な両者における特徴の差がこの20数周をエキサイティングなものにしましたが、Pierreが最後の周に到るまでのバトルを想定しながら走れていた事がメンタル的にも技術的にも大きかったのではないかと思います。見ている側は最終ラップにCalrosに1秒以内に入られて「まずい!」と多くの人が思ったはずですが、最終ラップに来るであろうタイマン勝負にかけたPierreとAlphatauri陣営がCarlosを1秒以内に迎え入れて受けてたった戦略だった考えますと、準備が整った追われる側を追うのは難しいと改めて思うわけです。戦国時代に敗戦濃厚の撤退戦で最後方を任される殿(しんがり)軍が優秀だと勝っているはずの追う側が相手の大将を取り逃がすという事と同じですね。

 PierreのイタリアGP優勝は、「奇跡の条件」を手にしたPierreとAlphatauriのチームが他のどのドライバーやチームよりも冷静で優秀な「必勝の為に必要な修正プラン」を作成できた事で実現した「奇跡の優勝」でした。このような運命の巡り合わせはそうそう見られるものではなないので見ている側にとってはとても楽しめるレースでした。

 昨年、トップチームのRedbullから半年で降格させられたPierreが、悔しさをバネとして翌年にそのRedbullを倒してセカンドチームのAlphatauriでポディウムの頂点に立つ姿はストーリーを知るものに逆境でも諦めない勇気を与えてくれるものでした。

 Congratulations, Pierre ! 

それではまた!乾杯!


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