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花束にさえ、ならない。

恋でしょうか。いいえ、それとも?


ずっと1人の男性のことが頭から離れなかった。
彼はマッチングアプリで出会った1つ年下の男の子だった。こんな書き出しをすると、「エモい」が好物の文系大学生が描く物語のようで少し気に食わないが、いまの感情を言語化してどうにか整理をつけようと思う、元文系大学生現ニートの女である。

それは「恋人が欲しい」という名目ではなく、両者公認の身体の目的の出会いだった。初めて会ったのは去年の11月。別れ際「また会ってくれる?」と言う彼の言葉通り、その日から私たちは頻繁に会うようになった。月に3回くらいは会っていただろうか。会うたび、彼がかっこよく見えたしかわいく見えた。2ヶ月ほどは歌舞伎町のラブホテルに通っていたが、そのあとは彼の家か私の家、ほとんどは彼の家で、金曜日か土曜日の夜に泊まりに行くようになっていた。2人でお酒を飲み、彼が作るネギトロ丼を食べ、アマプラで相席食堂を観た。一緒に寝て一緒に起きた。
彼とは特別、気が合ったわけではなく、似ているところが多かった。似ていたのかな、共通点をわざと探していたのかもしれない。例えば、髪を切った日が2回かぶったとか、定期の更新日が同じとか、服の趣味が合うとか、靴がコンバースとか、言葉遣いに違和感がないとか、最近コーヒーをよく飲むとか、数字を入れ替えるとお互いの誕生日とか、「エモい」と「チルい」が嫌いだとか、2人ともその週の水曜日に会社を休んでいたとか。そんなことで運命を感じる年齢は過ぎていたけれど、好きになる要素くらいには思ってよかったかもしれない。ただ、ぼんやりと窮屈な毎日が、彼と会うようになって「死にたい」なんて思わなくなっていたのは確かだった。周りの友達が同棲や結婚の話をする中で、好きにも嫌いにもなれない距離感を保って、ふわふわざらざらと何にも気づかないように、このまま冬が明けなければいいのにと思った。


そろそろ厚手のコートを暑く感じ始めていた。
その頃、彼は2人でいるとき隙あらばYouTubeやゲームをするようになった。ネギトロ丼を作ってくれなくなった。LINEは「ありがとう」「ごめんね」「仕事がんばる」「おつかれ」の4単語ローテーションになった。する回数も3回から1回に減った。
そのとき私は、こうやって人は人に慣れていくんだなと、無性に虚しくなった。元々、2人の関係なんてその行為だけが繋ぐものであり、その虚しさに文句を言える以上の立場にはさらさらなかった。ただなんとなく、ガラガラに空いている帰りの電車に揺られながら「もう会わないかもしれないな」と、なんとなく、思ったのだ。

それから今日まで1ヶ月、なんだかんだ予定が合わない日が続いて本当に会えなくなっていた。LINEの返信も、もう来なくなった。
その間に私はもともとつらかった仕事を辞めた。
時間ができて映画や読書に身が入る一方で、一日中、彼を思い出してしまっている。映画や読書に身が入る一方で、なにを観たり読んだりしても登場人物に彼をなぞってしまう。たった数ヶ月、一緒に過ごした時間を「あの頃は楽しかったな」「あの頃はよく笑ってくれてたな」と、さも倦怠期のカップルの如く偉そうに嘆いている。街中で歩く男女を見た日には、あいつらカップルみたいな顔して、セフレ同士の叶わない恋でもしててくれと願わずにはいられない。
口約束でも一緒に旅行に行こうと言ってくれたこと、私が好きだといった曲をLINEのBGMにしていること、クリスマスプレゼントを喜んでくれたこと、1番に誕生日を祝ってくれたこと、夜中に電話したこと、改札で3回も振り返って手を振ってくれたこと。おかしいなぁ、こんなに感傷的になるような出会いじゃなかったはずなのになぁ。
これが恋なのか、なんなのか、24年も生きたはずの人間は分からずにいる。「恋心 気付く 瞬間」と毎日Googleセンセイに質問している。もしこれが恋だとしても、その感情を持ち込んだところでこの関係は崩れてしまうし、第一また会えるかも分からない。
あなたが好きな作家の本読んだよ、好きな音楽が増えたの、今度またネギトロ丼作ってくれない?
会えない間に話したかった言葉を、ぐっと飲み込むと、いつの間にかちょろちょろ涙が出てしまった。歳を取ると涙腺が緩むから困る。彼は私にとって大事な人になってたんだなと、あの日の帰りの電車ではまだ気がつくことができなかった。


彼に借りた本が、読めずにいる。
読み終えたらもう二度と、会えなくなる気さえしていた。だから、あほくさいが、同じ本を買ってそっちを読むことにした。窪美澄さんの『よるのふくらみ』。案の定、読んでる最中も彼を思い出してしまうのだが、登場人物がマリアさんという女性にかけられた言葉が忘れられないように、私もその言葉が忘れられなくなってしまった。
「誰にも遠慮はいらないの。なんでも言葉にして伝えないと。どんな小さなことでも。幸せが逃げてしまうのよ」


そういえば彼が、「俺には遠慮しないでね」と言っていた、かもれしないなと思う頃には、もう涙とため息しか出なくなっていた。

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