しゃべるピアノ
私のピアノは、おしゃべりだ。
私が母と喧嘩して、泣きながら部屋へ戻ってくると、ひとりでにポロロロ、と鳴る。私の好きなアイドルグループの「泣かないで」という歌の冒頭だ。
「有難う! わかってくれるのは、ピアノだけだよ」
私はピアノの古めかしいボディにすがりつく。
修理に出して、傷が見えないように直してあるけど、これは1945年8月に広島にあったピアノだ。遠い親戚の家から、うちへやって来た。それ以来このピアノはよくしゃべる。
ある夜、一晩中、ピアノがやかましく鳴り響いていたことがあった。こんなこと初めてだ。よく年末に流れている曲だ――「歓喜」。
翌朝、テレビのニュースで、最後の核保有国が核兵器の放棄に同意したことを報じていた。あと一年もしないうちに、核兵器のない世界がやってくるのだ。
それ以来、うちのピアノがしゃべることはなくなった。
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