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Night Drive

からっぽに近い二十三時過ぎの街を車で走っていると、ラジオからクラシックの歌曲が流れてきました。さびれた街並みと、震えるソプラノ。ふと「久しぶりに『第三の男』をまた見てみたいな」と思いました。
特に意味はありません。『第三の男』とクラシックは無関係です。ただ、女性の美貌がくっきりしていて、男たちがみんな帽子をかぶっている、そんな映画を見てみたくなった。ただそれだけです。

子供の頃、父は「あれは子供の見る映画じゃない」と言って、私に『第三の男』を見せてくれようとはしませんでした。
大学生の頃、図書館でグレアム・グリーン全集と出会い、『第三の男』の原作を手に取る機会がありました。驚いたことに、短編小説なんですね。「短編で読んでも、あれだけ有名な映画の良さを感じ取ることはできないだろう」と感じたので、あえて読みませんでした。(筋金入りの読書家だった当時の私ですが、グレアム・グリーンにはどういうわけか食指が動きませんでした。面白そうなタイトルのものもあるのに)

けっこういい年の大人になってから、ようやく『第三の男』を見る機会を得たのですが。
人生と同じぐらい不条理なストーリー。何一つ解決せず、善意は報われず、有名なテーマ曲が流れる中、主人公の男がヒロインをじっと見送る長回しのエンディング。彼女ときたら、主人公を一顧だにしないのです。
ものすごーーーーく、もやもやしました。
父が「子供向きじゃない」と言っていた意味がわかりました。「子供では面白さがわからない」ということだったのでしょう。ごめん、大人でもよくわからないや。精神年齢が十四歳の人間には、歯ごたえがありすぎます。

一本だけ見たことのある寅さんシリーズのエンディングに通じるものがあると感じました。こういうのをきっと「ほろ苦い」と呼ぶのでしょう。

私が「自分の人生で出会った小説No.1 」に迷わず挙げたいのが、レン・デイトンの『ベルリンの葬送』というスパイ小説なのですが。
『第三の男』を見て感じました。デイトンはこの作品にかなりインスパイアされている、と。
『ベルリンの葬送』で重要な役割を果たすヴァルカンというキャラがいますが。この男、ほぼハリー・ライムです。少なくとも私はそう感じました。

デイトンが面白いと感じたグレアム・グリーン作品なのですから、きっと私の好みにも合うはずです。

今度『ハバナの男』でも読んでみようかな。あまりにも古い作品なのでアマゾンにもレビューが見当たらないのですが。あらすじを見る限り、確実に自分好みな予感がします。


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