オキナワンロックドリフターvol.25

コザ食堂を後にした途端にまたしとしとと雨が降りだした。ナップザックに忍ばせていた傘をさして、嘉間良までの道をとぼとぼ歩くのだが……。額が熱っぽく、体がだるい。こりゃ、やばい。早めに休もうと駆け足で帰った。
薬を飲み、シャワーを浴びて、暖かくして横になった。
そのうち、とろとろした眠気がきて、気がついたら夜の8時。知念のオバアから頂いたものの中からバナナとチョコレートタルトで夕飯を済ませ、何故か足はセブンスヘブンコザへ。
ライブはないけれど、バータイムでなら営業しているらしいので行ってみることにしたのだ。
少し寒気はするけれど、熱は下がった。ノンアルコールの飲み物なら大丈夫かもしれない、それに、何故かバーテンダーのジェイソンのかき氷色の髪が脳裏を過ったからだ。
ふらふら入店してきた私をジェイソンは訝しげな目で見ていた。
「いらっしゃーい。ん?どうしたの」
ノンアルコールがいいかなと思い、ひとまずコーラをオーダー。私はジェイソンとゆんたくすることにした。
「なんか顔が青いけど、どうした?」

コーラを差し出しながら、ジェイソンは私に問いかけたので、私は南部戦跡巡りをして、 名もないガマをいくつか回ったけれど、それから体調が良くないとぼやいた途端にジェイソンは血相を変えた。
「あ!お前、憑かれたんだよ。待ってな、塩持ってくるから」
ジェイソンはすぐさま塩を掴むと、私にそっとかけた。
塩をかけたあとしばらくすると、かなりだるさが取れ、動きやすくなったのでジェイソンのいうとおり、私は憑かれたのかもしれない。
少しずつだが体に温かみも戻ってきた。
「あんた、憑かれやすい体質かもね。次にガマとか南部に行ったら塩を持っていくといいよ」
それからなし崩しに、ジェイソンと私はユタの話をした。
その時に、ジェイソンが呟いた話が忘れられない。
亡くなったジェイソンの友達の話である。
あまりに刹那的で享楽的で、どんなにジェイソンや他の友達が宥めたり忠告しても無軌道さを変えなかった友達にジェイソンが放ってしまった暴言。その翌日に事故で亡くなられた友達。
ジェイソンは遠い目をしながらぽつんと呟いた。
「俺、言霊って言葉は嫌いだけれど、あの時はあると思ったよ。あんた、思ったことを飲み込まずポンポン口にするタイプだろうから気を付けな。俺みたいに後悔しないようにな」と。
痛いところをつかれ、ぐぬぬと呻いていると、ジェイソンは笑いながらAサイン時代に20代をおくりたかったなあといきなり話題を変えてぼやいた。
「あれ?ジェイソンも楽器とか歌やるの?」と質問したら、ジェイソンは大笑い。
「違うよ、俺はAサインバー経営したかったの。儲けた金は貯金しまくってそれで土地買って後は家賃収入で悠々自適!」
そうかなー?もしかするとすぐ使ってすっからかんかもよと思ったものの、ジェイソンのたられば話に同調して目を細めた。
しばらくは与太話で盛り上がった。るろうに剣心や忍空、幽々白書、金田一少年の事件簿といった漫画の話、ジェイソンが私に食べさせたかったという、今は店主が亡くなられて廃業したあばら家すれすれの店のソーキそば、いつの間にかなくなったワゴンで営まれたパーラーのタコライス。そして、ジェイソンの生い立ち。90年代の沖縄の話や、アメリカ、中国、フィリピン、沖縄という四つの血をひいた自分自身の子どもの頃を懐かしそうに話すジェイソンを見ていたらだいぶ気持ちが軽くなった。
しかし。
ジェイソンがおもむろに呟いた言葉に、私はまたグラスを抱えてうつむくしかなかった。
「……正男さん、また“いなくなった”よね。大変だったね」
その言葉に私は無意識にグラスを抱えた。また非難されるのだろうか。去年のことがあり、私は身構えてしまった。
ジェイソンは私の警戒心を和らげようとすぐにこう付け加えた。
「落ち着いて。俺はあんたを詰りはしないから」
しかし、去年のことが尾を引いてる私は無意識に上目遣いでジェイソンを見ながら呟いた。
「私が、城間兄弟を好きなのを知ってるんだね」
ジェイソンは肩をすくめた。
「去年の話はこの街では有名だよ。城間兄弟を好きなナイチャーがいるってね。あの二人の嫌な噂はたくさん耳にしているし、この店の人たちも今の紫のメンバーもあの二人にはうんざりしているし、だいぶ迷惑かけられた。けれどね……」
「誰もが見放した人にはたいていの人はしらん顔するよ。でも、あんたはそうしなかった。今のこの街であの二人が好きと言うのはすごく勇気がいることだよ。けれどあんたはそうした。たった一人でも手を差し伸べてくれる誰かがいるのはとても心強いし、あんたのしたことはあの二人にとってすごく嬉しかったことなんじゃないかな?」
ジェイソンの言葉に私は声を出さずに泣いた。ジェイソンはそう励ましてくれたけれど、果たしてそうなのだろうか。
現に、正男さんは“またいなくなった”し、俊雄さんは私の誘いを断り、塞ぎこんだままだ。
本当に私のしたことは良かったのだろうか。長いものに巻かれて見放すべきだったのだろうか。
うつむく私にジェイソンは肩をそっと叩きながら言った。
「泣いてもいいよ。今は泣きたくて仕方ないだろうし、泣いてもいいさ。でも自分は大事にしながらあの二人を愛してやりなよ。あんたは思い詰めやすいから、すり減るような愛し方だけはやめな」と。
ありがとうを言いたいのに、喉が熱く、砂利を敷き詰められたように詰まっている。
私はこくこくと頷きながらしばらく泣いた。
ボン・ジョヴィやモトリー・クルーが小さく流れる店内で泣き止むまで私は長居した。
コーラ一杯だけじゃ申し訳ないので追加オーダーをしたら、ジェイソンからホットカルアを勧められた。
ホットカルアなら温まるしよく眠れるだろうからという提案だった。
カルアリキュール少なめのホットカルアはだいぶ気持ちを和らげてくれた。
私は代金を支払い、チップ入れの瓶にお釣りを入れて、ジェイソンに何度もお礼を言った。
帰り際にジェイソンは、「あんまり考えすぎるなよー」と励ましながら私を見送った。
帰り道をふらふら歩きながら空を見上げると雨があがっていた。重い灰色の雲の隙間から瞬く星を見ながら、いつかはこのつらさや寂しさが笑い話になるだろうかとため息をつきながら思った。
憑いたものは取れたはずなのに、私はゲストハウスに着くと倒れこむようにドミトリーのベッドに横になった。
眠りにつく直前、ジェイソンの言葉がリフレインされていく。
「あんまり考えすぎるなよーか」
ごめん、ジェイソン。たぶん無理かもと思いながら私は眠りについた。

翌日。沖縄旅行も折り返し地点を過ぎた3月3日。
目を覚ますと、ゲストハウスのスタッフであるキノコカットさんが、ゲストハウスの女性宿泊客に何か配っている。雛祭りだからと“ボス”から桜餅のサービスらしい。長命寺と道明寺の桜餅があり、私は馴染みがある道明寺の桜餅を選んだ。
桜の葉独特の風味と餅米のむっちりした食感を味わいながら今日は何をしようかと考えた。
携帯の時計を見ると、昼近い時間で「明らかに寝すぎだろ!」と思いながらも、昨晩のジェイソンの言葉にほっとして、深い眠りにつけたのかな?と思った。
一人でも手を差し伸べてくれる誰か。心細さで項垂れていた私にとって、ジェイソンの言葉は差し伸べてくれた手だった。

私は、心の中でかき氷のシロップ色のバーテンダーにありがとうを呟いた。
しんみりしていると、誰からだろう?
携帯に着信があった。携帯をマナーモードにしている為、携帯がぶるぶる震えている。
沖縄旅行を満喫しまくりであろう私を心配した祖母から?
気持ちが持ち直しした俊雄さんからお茶の誘い?
それとも?
携帯を開き、着信が誰か見た途端に私は固まり、血がひいた。

着信は清正さんからだった。
何があったの?私が何かした?と思いながら私は電話に出た。

(オキナワンロックドリフターvol.26へ続く……)

文責・コサイミキ

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