オキナワンロックドリフターvol.81

私はシフト表を何度か見た。すると、コンサルタントが手招きしている。なんだろう。
「最近の君の様子が目に余るから手紙を書いた。読みなさい」
コンサルタントの丸眼鏡が、冷たくちかっと光っていた。
私は倉庫に入り、コンサルタントから渡された手紙を読んだ。
「最近仕事がおろそかになっていませんか?私だけではなく複数名からそんな声が上がっています。この仕事はチームワークです。猛省し、自分の身勝手な行動を振り返ってよく考えなさい。これは警告です。もし貴方が行いを考えなければ……わかってますよね?」
やはり、4連休を申請したのがいけなかったのか。それとも飲み会を途中で退席したのがいけなかったのか。
クビにすると言わずに遠回しにこんな手紙を出すコンサルタントの卑怯さに落胆したが、頑張りを見せて挽回するしかない。大学に受かるまで、悲しいけれどこの仕事にしがみつくしかないのだから。
私は内心苦虫を噛み潰しながらコンサルタントと主任に謝罪した。
今もあの二人の勝ち誇ったような顔は忘れられない。
しかし、謝罪した後もこの理不尽なシフトは変わることはなかった。私はこうして2月まで耐乏生活を余儀なくされた。
生活は一気に苦しくなった。
そんな中、mixiを通じて知り合った特撮繋がりの友人、メノウさんが熊本に行こうかと検討しているというメールがきた。彼女は30代で看護士を目指し、昨年看護学校に合格し、入学までの長い休みを使い、彼女は友人たちに会うツアーを敢行したのだ。
彼女のメールを見ながら、メモ帳に書いた私のシフトを見合わせると1日だけだが彼女に会える日があった。私はメノウさんにメールした。1日だけしか時間が取れないのが恐縮ですがと思いながら。メノウさんからすぐにメールがきた。こうして私はメノウさんとサシオフをすることなった。
メノウさんは清楚な壇蜜といった風貌の、さらさらの黒髪が印象的な女性だった。ややハスキーな声で、「こんにちはー。マイキーさん」とおっとりと挨拶されるのが耳に心地よかった。
車の免許がないので熊本中心街を案内することしかできなかったが、私はメノウさんが喜びそうな場所をセレクトし、案内した。
まずはアンティークショップ。メノウさんは目を輝かせながら雑貨を買い込まれた。次はアーケード街を探索し、中古レコード店でグループサウンズのアルバムやシングルを物色。
行きつけのエスニック料理店でランチ兼お茶。ここの店の濃くてスパイシーなチャイをメノウさんは絶賛され、私は嬉しくなった。
それから夏目漱石坪井旧居へ。この旧居には夏目漱石を模した人形が展示されているのだが、その人形が夏目漱石というより往年の時代劇俳優・東千代之介氏に似ていて、「鉄山将軍だ!」と私たちは特撮もので東氏が演じられた長官の名前を呼んでふたりでゲラゲラ笑った。
また市街地に戻り、安いカラオケ屋で3時間歌いまくり、夕飯はバスターミナル地下にあるうどん屋へ。
うどんを一緒に啜りながら私とメノウさんはこれからのことを話した。
彼女は看護学校でのこれから、私は受験と先行きは未知数だ。しかし、私たちはきっとうまく行くと互いを励ましあった。
彼女の滞在しているホテルがバスターミナル近くのホテルなのでホテルロビーまでついていき、そこでお別れすることにした。
すると、メノウさんはバッグから綺麗にラッピングされた袋を取り出した。
「マイキーさんに女王陛下の加護がありますように」
その言葉で、メノウさんが何をプレゼントしたのかわかった。曽我町子さんの店の品だ。
特撮もので、悪の女王役を多数演じられた今は亡き名優・曽我町子さん。生前、曽我さんは東京は国立市でアンティークショップを営まれていた。しかし、曽我さんの逝去に伴い、閉店され、私は地方住まいを嘆いた。曽我さんを慕い、上京しては曽我さんの店を訪れて曽我さんがセレクトされた手鏡やペンダントを買われていたというメノウさん。
袋を開けてみると、細工の施された手鏡と曽我さんが自らが調合された、自身が演じられた悪の女王の名のついた香水が入っていた。
メノウさんによる女王陛下の形見分けだった。
「今は大変やと思います。けれど、うちもなんとかなりました。だから、マイキーさん、絶対に大丈夫やから。うちもマイキーさんを応援しているし、女王陛下も空からマイキーさんを見守ってはります」
今まではずっと、友達も殆んどいない中、見えない先行きを草刈鎌で開墾していくような毎日だった。
ネットは伏魔殿と人は言うが、少なくとも私には、時には両刃の剣であるものの、孤独な心を救う蜘蛛の糸であるし、遠く離れてはいるものの、頼りになる友人たちと出会いの場であり、繋がりの場となった。
メノウさんの華奢な手を握り、再会を約束しながら私は思った。
明日からまた仕事だ。しかも勤務時間はかなり減らされた。
私は帰りの電車を待ちながら、手首にそっとプレゼントされた香水をつけた。
上品かつ甘い香りに包まれていく。その香りに包まれつつ、「絶対に受かってやる」と誓い、翌週、嫌いでしょうがなかった高校を訪ねてみようかと思い立った。

(オキナワンロックドリフターvol.82へ続く……)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?