オキナワンロックドリフターvol.118

さて、前回はコザ文学賞について話したが。城間兄弟とは日々の忙しさの中に追われ、以前程は連絡していなかったが、それでもたまに電話すると身近なことを話し、ささいな喜びやしょっぱい気持ちを分かち合っていた。
ちなみにコザ文学賞のことは話したところお二方から手放しで喜ばれ、俊雄さんから「あんたの小説読ませてよ」と言われ、プリントアウトして細々したものと一緒に送付した。
そんな中、大学生活でも新しい変化があった。
新しい友達ができたのだ。しかも美人。
彼女を初めて見たのは必修科目の講義を受けていた時だった。巻き髪にぱっちりした目に長い睫毛、赤い唇の彼女の風貌と雰囲気は池田理代子の『おにいさまへ……』に登場する信夫マリ子というミステリアスで寂しがりやな美少女を思わせた。
しばらくは遠巻きに彼女を見ているしかなかったが、ある日、朝の学内ラウンジでコーラを飲みながら予習していると「コサイさん、だよね?」と彼女から声をかけられた。
それからいつの間にか彼女とお茶したり食事をするようになり、彼女のことを内田マリエという名前からマリリンと呼ぶようになり、彼女も私のことをまいきーと呼んでくれた。
彼女はかなりサブカルチャーに精通しており、彼女のおかげで沼正三の『家畜人ヤプー』や坂口安吾の『堕落論』を知ることができ、お返しに私は『大草原の小さな家』や『リンバロストの乙女』を彼女にレクチャーした。
サブカル情報を分かち合えるマリリンの存在は、私に新しい世界をくれたシオミちゃんやルリちゃんとはまた違う心強さを与えてくれた。
勉強のほうもだんだん上向きになり、せっかくだからと6月始めから7月下旬まで毎週木曜日の午後18時から19時半まである公開講座という社会人向けの講座に申し込んだ。その講座のためにバイトのシフトの変更を申し出たところ、リーダーである草壁さんからは二つ返事で了承されたが、赤星さんからは露骨に嫌な顔をされ、「まだ1年足らずなのに学業に専念?本当かしらねー?まったく!だらしないわ。フェアトレードを担っているという志が低いのね 」という捨て台詞を吐かれた。学生の本分は勉強なのにと思い、もう8月のおわりに辞めようと私は退職届を書くことに決め、後日草壁さんにその旨を電話で伝えた。草壁さんも「私も9月に辞める。最近ね、世界のことより身近な困っている人を助けるほうが先決だと思うようになったの。確かに世界には大変な人はいるけれど周りに目を向けると日本にも弱っていたり貧しい人たちがいるのにね。その人たちをほったらかしたままのはどうかなと思うんだ」と自身の意見をおっしゃってくださった。
私たちの疑問や不満に赤星さんは気づかず、いや、気付いても私たちの我が儘と見なされ、彼女は“崇高な使命”のためにいろんなものを踏みにじりながら邁進するのかもな。私と草壁さんは電話口で同時にため息をついた。

閑話休題。受講した講座は『音楽と映画から学ぶアメリカンポップカルチャー』、担当は映画部門はアーリントン先生、音楽部門はベルガー教授である。
なんと誂えたように私にぴったりの講座!
私は振り込まれたコザ文学賞の賞金から公開講座の代金を学生課に支払った。すると、ルリちゃんも「私も講座申し込もうかな」と言ってくれたのでルリちゃんと一緒に公開講座に参加した。
公開講座には私とルリちゃん以外にも多種多様な方々が参加された。音楽好きな方が多く、特に幼稚園を経営されているというイイダさんはテンガロンハットにスーツという出で立ちと気障だけど様になっている所作が『快傑ズバット』の早川健を思わせ、ルリちゃんはイイダさんを見て「昔のヒーローもののごた格好ね」と私をつつきながら耳打ちした。
講座の前半である6月から7月2日まではベルガー教授が担当された。
ベルガー教授はドン・マクリーンやイーグルスの楽曲を通してアメリカの文化、政治や情勢等を私たちにレクチャーしてくださった。
幼少期は聖歌隊で評判のボーイソプラノだったというベルガー教授は、弾き語りで「アメリカンパイ」や「ホテルカリフォルニア」を披露し、講座の参加者から拍手喝采を浴びておられた。
さて。ベルガー教授の公開講座最終日である7月2日。ベルガー教授は、ドン・マクリーンについて熱く語りながらラストに、ドンがゴッホの『星月夜』にインスパイアされて作ったという「ヴィンセント」を弾き語りされた。

<i>そう、今ならわかるよ
君が何を言おうとしていたか
そしてどれほど君が「正気」に苛まれていたのか
君は何度もみんなを解放しようと必死だった
誰も一人耳を傾けなかった、なす術がわからなかった
でも今なら、聞いてくれるさ</i>

ベルガー教授の柔らかなテノールで唄われる「ヴィンセント」を聴きながら、私はこの曲がヴィンセント・ファン・ゴッホだけでなく、幾多のミュージシャンへの鎮魂歌のように思えてならなかった。
成功を収めながらドラッグや不慮の事故で若くして命を落としたミュージシャン、芽が出ぬまま人知れず世を去ったミュージシャン、かつては名声を得たものの不遇の晩年を送ったミュージシャン。

そんな星になったミュージシャンたちへの弔いの歌のようだと私は思い、最期にジミーさんに出会った時の、ジミーさんの笑顔を思い出してしんみりしてしまった。
ベルガー教授の弾き語りが終わった途端に教室は拍手に包まれた。特に、イイダさんとかつてはプロのミュージシャンを目指していたという赤間さんは手が赤くなるのではというくらい大きな拍手をベルガー教授に捧げており、その光景に目を細めた。
講義は終わった。さて、帰り支度をし、切っていた携帯を起動すると着信あり。しかも留守番電話を示す紫色のランプが点滅している。誰からだろう?

私は耳をくっつけて電話を確認した。
正男さんからだ。しかも、何か興奮気味だ。どうしたのだろう?私は廊下に出て正男さんに電話した。
すぐに正男さんが出られた。
「まいきー、大ニュース!7月27日に那覇のライブハウスApacheでライブやるから」

私だとわかるや否や正男さんは弾んだ声でそうおっしゃった。

私はこの吉報が信じられず。数秒間呆然とした。

そして。

嬉しさの余りに、さながらゴジラの咆哮かというような叫び声を上げてしまい、血相を変えたベルガー教授に駆け寄られ、理由を話すと「マイキー、君からうんざりするくらい聞かされている君の親友の双子のミュージシャンの嬉しい話なのはわかったから外に出て電話しなさい。他の受講者が君のシャウトにびっくりして狼狽えている」と呆れ顔で説教されてしまった。

しかし、吉報も束の間。ライブの翌日は期末考査であり、ライブに行けないことがわかり臍を噛むことになるのだがそれはまた別の話。

(オキナワンロックドリフターvol.119へ続く……)

(文責・コサイミキ)

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