火星人と花の色【5】

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とん、とん、とん、と踏切の音がまた聞こえ、僕を火星から引き戻した。僕と彼女のいる現在地に僕は再度戻ってきた。
 じゃあ次は、ライオンの話をしよう?
「ライオンの話?」と僕は高い声で聞き返した。なんだっけ?
「そう、火星にいる恋人たちが、星の出る夜に話しているライオンの話」
「火星に住んでいる恋人たちは、星を見てお酒を飲みながらライオンの話なんかをする。」
「そこはもう聞いたわ」彼女は前髪を耳にかけた。
 
 火星人は、ライオンが考えていることについて話をするんだ。もちろん、ライオンの形に見える星座を探しながらね。狩りをするライオンは全て雌で、雄は狩りもしなければ子育てもしないってことは知ってる?
 ライオンのタテガミみたいに不安定に部屋の空気になびいている僕の声が彼女の内側に染み渡るのを僕は待った。まるで、朝の熱いコーヒーが喉を通って胃に下っていくのを感じるように。それから、彼女が小さく首を横に振るのを見て、僕は多分息を吸った。
 それで狩りの間、雄は暇なんだ。つれづれに彼らは考えるんだ。
「眠ったりはしないの?」と彼女が僕の膝に手を乗せながら聞いた。
 眠っている間も彼らは何かを考え続ける。ライオンが生きるというのはそういうことだ。だから雄は考える以外は、タテガミを鏡で直すくらいのことしかしない。あとは、必ず何かを考え続けているんだ。火星人たちは、彼らが何を考えているのかについて考える。
 
「火星にはライオンもいて、ライオンは鏡を持っている」彼女はまた、確かめるように尋ねて、僕の目を見つめた。目を見つめる、という言葉の持つセクシャルな響きが僕は好きだ。それから、目を見つめる、という行為の持つ独特な空気も好きだ。彼女は僕と初めてセックスした日に、僕に目を見つめてくれるよう頼んだ。
 ねえ、私の目をもっと見て? 
 
 彼らは何を考えているのだと思う? と僕は彼女に聞いてみた。
「丘の形が、乳房に見えるなあとか、サバンナに生えている草は陰毛に見えるなあ、とかかしら?」
 そうだね、そうかもしれない。僕は、捨てられてしまった綺麗な瓶の行く先のことや、雌の肩にあるほくろのことなんかを考えてるんじゃないかって思う。
「それじゃ、君がライオンみたいじゃない」
「あるいは二日酔いの持つある種のセクシーさについて」
「火星人たちもちょうどこうしてお酒を飲んでいるのね?」
 彼女は、一口ウィスキーを飲んだ。僕も一口飲んだ。相変わらず、ウィスキーの美味しさが僕にはわからない。
「その通り」僕は言った。

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