アンニュイ 【3】

 二年前とそっくり同じ匂いだった。海から吹いてくる温い風も、喫煙室のカビの匂いも、バスを降りた時の排気ガスと生くささの混ざった嫌な感じも、彼が一人であるということも、そっくりそのまま、タケルが二年前に来た時の街と一緒だった。違うのは彼が大きなスーツケースをひきずっていないことくらいだった。

 タバコ、終わったか、とマコトが戻ってきて喫煙室の外から叫んだ。タケルはああ、つい二本も吸っちゃったよ、と言いながら扉をあけて二人は合流した。マコトはコンビニのビニール袋を下げていて、中からピースを二箱出してタケルに渡した。ほら、ここまで連れてきてくれたお礼だ。おう、サンキュー、よく銘柄までわかったな。昔と変わってなくてよかったよ。ああ、そうか学生の時の覚えてたのか。そういうこと、だけど、禁煙してなかったか、こないだ飲んだ時。まあな、やめたのも、ハルカのためだったし、別に今でも吸わないなら吸わないでいいんだ。なんとなく、な。そっか、よし、行こうぜ、一番綺麗に海の見えるところに。

二人は夕日を右手に見ながら堤防の直ぐ下の道を並んで歩いた。タケルは時計が動き出さないかチラチラと手元を見ていた。マコトは動き出した金色の腕時計のことなんかは気にも留めないでオレンジ色の夕日をまっすぐに眺めながら歩いた。

「二週間、どうだった? 」
「どうって?」
「ハルカと一緒になってから、なんか思ったこと、とか」
「小学生の時あったなそういうの、今日は〇〇くんが丁寧に掃除をしていたのでよかったです、みたいな。そうだな、うん。特に変わったことはないよ、普通の付き合いたてのカップルと同じ、普通に。つつがなく」
「ふうん、そうか」
「そうだ。いつも通りだよ。とってもいい子だよ、タケルの恋人だっただけある。けど、今は俺の恋人だ。大事な大事な」
「ハルカは前にこんな風に言ってたんだ」
「いつもそばに置いていないと、いつ消えて無くなってしまうかわからない、だっけ。バスでそのこと、考えてみたんだ。タケルに自分で考えろって言われたからな。お前はそばに置いておかなかったことを後悔してるんだろ、ハルカを、いつでも自分のすぐそばにいると勘違いして、抱き寄せて、抱きしめて、愛することをしなかったから、いなくなってしまったと思っているんだろ。だけど、ハルカはこういう風に言ってたよ、俺が最初に彼女と寝た日、ハルカは、私がわからないんだって、私はわからないから、正しさと一緒にいないと崩れてしまうんだって」
「正しさ? 」
「そう。何をすることが正しいか、どうあることが正しいか、誰を愛することが正しいか、それがわからないから、私は正しいあなたと居ることにしたって、言ってた」

タケルは呆然として、空を見上げながら正しさみたいなものを見ようとした。ほとんど日の暮れかかった空には、鴉が二、三匹鳴きながら飛んでいるだけで、後には夜だけが残った。

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