火星人と花の色【6】

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 彼女はそれから、ベッドの下に落ちていた淡い桃色の下着を履き、同じ色のブラジャーをつけ、山奥の闇に似た黒のスリットを身にまとった。僕は、その様子を目の端で見ていた。一連の動作が済んだあと、僕もまた服を着た。スリットの間から覗く、細く輝く脚に僕の目は数度吸い込まれた。彼女は服を着たまま僕の胸にもたれ、そうして下から見上げるように首をあげ、僕の首筋を吸った。赤いキス・マークが残り、ベッドの向かい側にあった鏡の中で、その赤だけがまるで獣の目のように際立っていた。
 長いキスの後、僕は立ち上がってベランダの窓を開けた。出ると、夜の闇の中に等間隔に光る街灯が、小糠雨を照らしていた。雨は、風に煽られて時々僕の目に入り込んだ。僕は空を見上げた。ガスがかかった空は星も月も見えず、小さな雨粒が目に入って痛い。彼女のマンションからは、町が見下ろせた。ぼんやりと霞みがかった中に、町の明かりが蜃気楼のようにふわりと見える。ぽん、ぽん、という音を立ててその明かりは徐々に消え始めていた。町が眠る時間だ。火星人たちの時間だ。
 僕はそうしてしばらく町のあくびを見ていた。彼女が後ろから抱きついてきて、何やっているの、と聞いた。
「町はいつ眠るのか、考えていたんだ」と僕は言った。
「町は完全には眠らないのよ、眠っていても考えるの。考え続けることが、町が生きるということなの」
「町はライオンなんだね? 」
「ねえ、私は君と小説を書いてみたいの」
「良さそうだね」
「君が出てくる、それから私。それで、水族館に行く話なの。水族館には大きなサメがいて、足の長い蟹がいる。私たちが出会った日みたいなやつよ。しばらくいると飽きちゃって、隣町の動物園まで行くの。少し歩きながら話をしているとね、ライオンの檻にたどり着く。ライオンは私たちが来た時には鏡でタテガミを直しているところ。そこで君がライオンにこう聞くの。『君たちは何を考えているの?』って。するとライオンはね、『何にも考えてはいないさ、我々はただ水や空気のように薄くなり、時間と共に流れて行くにすぎない。時間の流れに身を任せることができる者が生きることができる者なのだよ。』なんて答える。私と君は呆れて、部屋に帰る。部屋に戻ってくると、二人とも随分汗をかいていて、部屋も蒸し暑いから、エアコンのスイッチを入れるの。順番に、もちろん私からシャワーを浴びてね、私がまだ浴びているのに君は我慢できなくなって入ってきちゃうのよ。それから、二人でキスしながら甘いシャワーを浴びて、朝までセックスするっていうの。どうかしら? 」
「明日は、動物園に行こうか? 」
「いいね」 

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