ほとんど100パーセントの朝に【4】

僕の腕の中で小さな鳥のように背中を丸めた沙羅は、目をつむりながら蒼くんのこと、愛してるよと言った。僕は、君のことが大好きだと言った。
 
 聡と沙羅がセックスをするのは、僕と沙羅のお酒の時間が終わってからだとわかった。それは、聡がつい口を滑らせ、いつも僕に話していた「この間寝た女」を「沙羅」と呼んだ時だ。聡のこれまでの話を聞くと、彼は相当にセックスがうまいようだった。キスも優雅にこなすそうだ。彼がこれまで僕に教えてくれたほとんど全ての「この間寝た女」は、沙羅だった。
 その時に彼を心底嫌うことができればよかったのだと思う。激昂し、聡から沙羅を取り戻せばよかったのだと。
 しかし僕には彼を憎み、呪うことはできなかった。僕は彼をも愛していた。彼の言葉遣いや、呼吸や、立ち方などの全てがそこでは調和している気がしていた。僕は聡から離れたある場所に立っている自分を想像できなかった。沙羅から離れた自分を想像できないのと同じように。
 僕はしばらくの間、呆然としていた。音楽も聞かず、布団の暗闇の中で日が暮れた。数件沙羅からのメッセージが届いていたが、どの心配文句もゴシップ誌の三文記事と同じ駄文に見えた。僕はそれまで身にまとっていた様々のものを唾棄した。
 
 このままでいたい。このままこんな日曜日が続けばいいのに。
 
 沙羅は僕が彼女にキスをした時、唇が触れたまま言った。とても、小さな声だったのを僕は覚えているとおもう。
 僕と沙羅は二人でコーヒーを(もちろんひとつのカップで)飲みながら、ベッドに腰掛けていろんな話をした。ウィスキーにはなぜ大きめの氷と小さめの氷をそれぞれ入れるかとか、今年のヤクルトはまた負け続きだとか、ライオンの狩りの仕方だとか、そういう話をした。それから、僕と沙羅が出会った時の話も(二人で眠った翌朝には必ずすることになっている)したし、彼女が歯医者の帰りに出会ったちっちゃな迷い犬の話や、机の上の時計が遅れていることを話した。
 ねえ、蒼くん、このままがいいよ。ずっと。
 小さな調理スペースに押し合いながら二人でパスタを茹でて食べた。沙羅は、これ何ご飯? と聞いた。何ご飯でもいいよ。と僕は言った。
 彼女が喉が渇いたと言うので、豆乳をコップに注いで飲んだ。彼女はそれからどこか宙を見ていた。僕がまだ時間を直して居ない時計を見ると4時40分と45分の間に長針があった。多分夕方の4時40分ごろだったと思う。遮光カーテンのかかった北向き窓の部屋は、電気をつけないでいると薄暗く、昼なのか夜なのかいつもわからない。とにかく僕が覚えている事実から極めて論理的に考えると、それは夕方の4時40分と45分の間だった。4月の日曜日のいたって平和なただの午後だった。もちろんそのことは、何の象徴的背景でもない。
 パスタを食べ終わって、一つの皿とフォークを洗剤をつけて洗い流したところで、僕のスマホに着信があった。金曜日に電気の契約を結ぶ連絡を入れた電力会社からだった。電話を終えスマホを見ると、14:04と時刻が光った。もしかしたら、僕たちはごく自然な時間帯に、ごく自然な形で(もちろん一つの皿とフォークという特殊性はあれ)昼ごはんを食べて居たのかもしれない。

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