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第二巻 巣立ち  13、世間知らず

13、世間知らず

※この小説は、すでにAmazonの電子版で出版しておりますが、より多くの人に読んでいただきたく、少しづつここに公開する事にしました。

 埼玉大学に入学してからしばらくして、俺は例の巣立ちの計画を実行に移した。ある晩に俺は突然、両親に、「大学の近くに下宿をして、学校に通う」と、告げた。両親は呆れかえって、何も言わなかった。次の日に、俺は自分の全財産三万円ほど持って家を出た。お袋さんの手を離れたいとは、さすがに母親に申し訳なくて言えなかった。

俺は、ルンルンで浦和駅近辺の不動産屋で部屋を探した。ところがである。部屋はどこも結構、家賃が高く、俺の全財産では借りられなかった。いろいろ探して、三畳一間、三千円というのがあってそこを借りた。しかし、敷金、前家賃、手数料などで、あっという間に二万円近くが消えた。俺は、敷金も礼金も手数料の存在さえも知らなかった。

とりあえず、お金が必要で、家庭教師のポスターを作って、近所のスーパーに貼りに行ったが、恥ずかしくてなかなか貼れなかった。ポスター用の五枚の画用紙を買ったら、学校へ行くバス代以外、お金はほとんど残っていなかった。

 当日の夕食は抜きで、次の日は、朝早く学校まで行った。でも午前中の授業は受けずに、正門のそばの住宅街に行って、家庭教師の押し売りをやった。その頃は、専業主婦も多く、いろいろなうちの人と話したが、家庭教師の押し売りに呆れていた。

そのうちの一軒の奥さんが家に上げてくれて、家庭教師の話を聴いてくれた。雇ってもらえるのかと思ったが、その気はないのでガッカリした。その時「あなた、朝ごはん食べたの?」と聞かれたので、正直に昨日の夕食から何も食べていないと答えた。そうしたら、「貰ったカステラがあるから、食べていきなさい」と、言われた。俺は、その時初めて腹が減っているのに気がついた。ご馳走になった二切れの文明堂のカステラは、この世のものとは思えないほど美味かった。

それから、大学に戻ったが、事務から呼び出しがあり、家庭教師の口があるから、夕方行くように言われた。大学でも家庭教師のアルバイトを申し込んでいたのである。アルバイト先に行った時、その月は前払いでもらうことにした。これで、当座の金策はなんとかなった。数日後、特別奨学金が出ることになって、俺は急にリッチになった。

その後、埼玉大学のすぐそばの農家に子供の勉強部屋のために作った小屋があって、今は使っていないので借りることにした。それから、食事とか勉強のためにテーブルが必要だったが、とても高くて貧乏性の俺には買う気になれなかった。家具屋を物色していると、テーブルの上の棚板は結構安い。足は、別売りで単純なものを四本買うととても安いことに気がついた。嫌がる家具屋に無理矢理取り付けてもらって、部屋に運んでもらった。完璧だった。ここで、俺の新しい生活が四年間続くことになった。

 敷金に礼金加え 手数料 知らなかったよ 大学生で


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