色に時間がない

音楽には時間がある。流れていく。戻らない。繰り返しができない。でも「色に時間はない」と。

“〈現在-非現在〉の対立の中では時間が積み重なることはなく、過去や未来とは切り離された世界で「いま」が消し去られ、そして再び現れます。”「レッジョ・エミリアの幼児教育実践記録子どもたちの100の言葉」より

 時間は、東海道新幹線ではなく、大阪環状線のような。

三の一部分だけを引用します。“そこには常に言葉と色から免れ、芸術家は「非人間的」と感じる領域が存在します。子どもはこれをまだ人間化されていない、自分が子どもになる以前と感じます。”これは、不思議。

“典型的なのは、従って、次の段階の統一的秩序としての時間の流れに入っていくことで、子どもは、きれいだけど怖い、この世界と自分自身の欠落を拒否し、色と自分がアーティストであるということを拒否します。”

“幼児期が終わると、かつての世界は心の奥深くに知識のプログラムを運び込む詩人だけのものとなり、現在の推移を転覆し、彼の〈以後〉の中にこの領域を閉じ込めざるを得なくなります。”

幼児期という時代を生きる子どもには、幼児期にしか出来ないことがある、ということだね。さらっと読んだだけでは理解できないのは、現在と非現在をいっしょに出来ない大人になってしまった、ということかしら。だから、子どもって不思議ね、と、もっと覗いてみたくなるね。

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