日本作曲家協議会理事の大政直人氏によるJASRAC反対運動について

日本作曲家協議会理事の大政直人氏のFacebookページに以下のような投稿がなされました。

基本的にはJASRACの音楽教室からの徴収に対する反対意見表明ではありますが、いくつか事実誤認などが見受けられるため指摘をしておきたいと思います。

(一度Twitterで投稿した以下のスレッドのリライトです)
https://twitter.com/GYMaterials/status/1293358315611676673

反論の是非について

>レッスンで曲を使われる事がある私が「自分の曲を使っても演奏使用料は取らないで欲しい」と言っている訳で、それに対して誰も反論する事は出来ない

前提知識として押さえておきたい事ですが、まず著作権は財産権であり、楽曲は個人の財産です。

音楽教育を守る会の裁判は、個人の財産の取り扱いに関するものではなく、楽曲の権利がどこまで及ぶのかの確認裁判です。

「私は取らないでほしい」はあくまでも権利者の一人としての意向に過ぎず、楽曲の権利がどうであるかの裁判においては意味を成しません。

よって、この主張は論外と言わざるを得ず、賛同されている方はどれだけ不味い意見に賛同しているのか、今一度読み直してもらいたい所であります。

例えとしては、「私は遺産を放棄するから、この遺産の分配に関する反論を認めない」と言っているようなもので、問題の規模を混同した意見かと思います。

また、極めて重要な点ですが、「私は取りたいと思わない」や「私は取りたいと思っている」そして「私はそもそも使わせない」といった意見は「権利が及ぶからこそ成立する」話です。

ですから「自分の曲を使っても演奏使用料は取らないで欲しい」という見解を成立させるためには、JASRACは音楽教育を守る会との裁判に勝たなければなりません。主張内容と成立の前提が矛盾していると言う点は重要視されてしかるべきかと思います。

JASRACに賛同している作家の曲はポップスなどで音楽教室で使う曲とは無関係

>音楽教室で使用される作品を作曲している作曲家ですら反対者が多数いる中で、JASRACに賛成しているのはそれとは無関係なドラマや歌謡曲やポップスなどの作曲家が多数を占めています。

事実として使ってますよね。ですから無関係という主張からして受け入れる事は出来ません。

また、裁判自体は楽曲の権利がどこまで及ぶかの確認の為です。ポップスの作曲家であれレッスン向けの楽曲を作曲した人であれ、自身の権利の及ぶ範囲を確定するものでありますから、レッスンに無関係だからと言って拒絶することはできません。

分配について

>音楽教室がJASRACに支払う教室収入の2.5%は包括契約での支払いになり、基本的に3ヶ月ごとの著作権使用料の多い作曲家に分配されます

根本的にですが、著作権使用料の多い作家からではなく、統計に準じた分配です。氏は準会員とのことですが、JARSACとの契約書を全く読まれていないのがこの発言で伺えます。

曲目リストが提出されればその通りに分配されます。この辺りは自分がTogetterで纏めてきました。

例えば店舗利用のBGMは包括契約であってもセットリストを提出してもらえれば統計によらない分配をするとお返事を頂いています。

また、収入の2.5%ではなく「管理楽曲を利用したレッスン料の2.5%」です。管理楽曲がどれかを見るためには曲目リストの提出は必須ですし、曲目リストが提出される以上統計による分配はされません。


>この徴収した包括契約料の分配はブラックボックスで公表されていません

そもそも、利用者側から明確な曲目の提出が無いような不明瞭な利用状況の場合は資料に応じた分配で構わないと契約したのは、信託者本人です。

また、その分配に対して不満があるからと言って利用者側が支払いを拒むことはできません。これはファンキー末吉氏の判例から見ても明白です。


理解を示す立場について

>私が唯一賛成派の方の中で理解出来るのは、子供の曲を多数作曲している著名な作曲家の方で「私の曲はレッスンであっても使用料を払って欲しい」と言われる方のみです。

前述の通りこれも論外でして。楽曲は個々人の財産です。よって、その権利主張において著名かどうかは全く意味を成しません。

また、重ねての指摘となりますが、「使わせたくない」という観点も含めてしかるべきですし、いずれの主張も楽曲の利用に対して権利が及べばこそ成立する内容です。

音楽教育を守る会が起こした裁判は、音楽教室でのレッスンに対して楽曲の権利はどこまで有効かを確認するためのものです。ゆえに、理解を示す意見もまた「該当裁判でJASRACが音楽教育を守る会に勝たねば成立しない」ため、主張と成立のための前提の矛盾について重ねての指摘をしておきます。


学校と音楽教室の違い

>しかしこれも学校の授業では無料で音楽教室では払わなければいけない、という点が矛盾しているのです。

そもそもが財産権である為これは矛盾でも何でもないんです。これを矛盾としてしまうと、例えば割引セールであったり、あるいはお店側からのプレゼントなども矛盾となり値引きや値上げが一切できなくなり商取引に悪影響を及ぼします。

Aさんには無料、Bさんには5万は当然成立します。大前提からして間違った見解と言わざるをえません。

また、学校と音楽教室では国からの認可の面で大きな違いがあります。国が責任をもって教育を行う機関であり、またベルヌ条約において、発展途上国に配慮しそのような教育機関からは徴収を避けるようにしようという方針も打ち出されております。

教育の責任とはすなわち、在校生を卒業までしっかりと面倒を見る。卒業証書の発行などの事務作業をしっかりと請け負うということで、いつでも廃業し授業継続の義務を背負っていない私塾とは大きな違いがあります。学歴という物も人生における大きな財産の一つでもありますから、同列に語ること自体が間違っています。


>日本の音楽教育や音楽愛好家を育てるのに多大な貢献をしている音楽教室から「レッスンでの演奏使用料を徴収する事」は絶対に賛成出来ません。

育てるのに貢献しているから無償にせよ、という意見はあまりにも横暴かと思います。

それは値引きをする側が使う言葉であって、値引きを要求する側の使ってよい言葉では無いですし、態度でもありません。

そもそも音楽教育を守る会がもともと持っている立場としては、「レッスンでの利用には楽曲の権利は及ばない」であるはずです。この値引き要求の内容は権利が及んでいるからこそ成立するため、本来取るべき立場とは矛盾しています。


>楽譜を購入したり演奏して作曲家に恩恵をもたらしているのはそこで学んでいる多くの人たちや現場の先生なのですから。

他の業種であれば絶対に通用しない主張なんですが……例えば「ガソリンを大量に使用してガソリン会社を潤しているのはAmazonや楽天等の通販あればこそ。だからネットショップの車からのガソリン代の徴収に反対します」が成立するかしないか考えてもらいたいんです。常識的に考えてそんなわけ無いんですよ。

うすうす感じている方も多いともいますが、大政氏の主張の中に「著作権法第何条においては」という文言は一切出てきません。すなわち権利が及ぶか及ばないかについて、法的な根拠を一切持ち出さず、本人の感覚でのみ展開される主張でしかありません。

よって、法治国家としてはこのようなあいまいな主張を元にして権利の所在を決定してはならないと考える次第です。

また、仮に権利の所在ではなく徴収そのものに反対という事であれば、それはJASRACの内部のお話ですから、正会員となり、内部で声をあげて過半数を取り、権利者の意向を固めていくのが筋かと思います。無関係な日本作曲家協議会の賛同者を集めたところで、無関係な第三者が無関係な団体の意思決定に参加できるわけが有りません。

賛同されている皆様方におかれましては、もう少し社会的な常識に照らし合わせた上で意味のある行動か否かをご検討いただきたく思います。

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