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「もし明日死ぬとしたら、何が食べたいか?」

昨日の告知通り、今日は、大人と子供の話です。

「もし明日死ぬとしたら、何が食べたいか?」


「最後の晩餐は?」  

「ヒロシの奴。何作って食べさせても、違う、違うって言うのよ。
どれも美味しいよって言うくせに、ボソッと小声で呟くのよね、違うって。
本当に私の苦労を分かってないのよ」

気楽な夜のライブチャットが
深刻な人生相談に変わったのは私の軽い愚痴からだった。

ベッドに寝転がり片手間に話を聞いていた祥子と聡美は、
同時に、カメラの前に座りなおした。
熱い友情か、それとも他人の不幸は蜜の味か
二人が何を期待しているのか、少しだけ不安になった。

「唯奈、一つ聞いていい?」

大阪生まれの祥子は、重すぎる話題でもまず一度ボケないではいられない。

「それは彼の舌が肥えてるって事?
それとも純粋に唯奈の料理が不味いって事?」

一見穏やかに思える可能性を示してから、それ以上に屈辱的な可能性を
提示するのが常だ。
それに対して、毎回長い突っ込みを入れるのが、計算好きの聡美。

「何言ってんの。それは100%マザコンでしょう。
今はデートの時だけだからいいけど、結婚したら3食言われるのよ。
死ぬまで50年としても、3かける365かける50。
閏年が12回あるとして、54762回。
待てよ。お昼と夜の接待を考慮すると
3食の内、平均1.25食の感想は聞かなくて済むか。
いや、帰宅後や翌朝に伝える可能性もあるぞ。
不確定要素を50年で12から18%と考えると・・・」

画面の中で眼鏡のズレを直しているが、論点のズレには気が付いていない。

この応酬が、だいたい5分ごとに起こる。
しかし、いずれにしても役に立つ話は出てこない。
その内誰かが眠くなって終わるのが毎回のパターンなのだが、
それでも私の事を心配して、話を聞いてくれている
と思うだけで心が楽になる。

ところがこの夜は少し違っていた。
女同士の友情を十分確認したかな、と感じた真夜中過ぎ。
ちょっとした静寂を狙いすましたように
祥子が役立ちそうなことを言い出したのだ。

「それ、確かめるのに良い手があるわよッ」

こんな楽しそうな声を出す時は要注意である。

最後の晩餐には何を食べたいか聞くのよ。
そこで母親の料理が出たらマザコン。
レストランの料理が出てきたら唯奈はそれより不味いってことね」

聡美が突っ込む前に大爆笑し、「冗談よ、冗談」とか
「ごめん、ごめん」とか気持ちの入っていない慰めの言葉を最後に
チャットは終了した。

「もう。他人事だと思って」

私はほっぺたを膨らまして布団を被ったが、
『最後の晩餐』という言葉が、何となく気になった。

その週末。
ヒロシと二人で映画を見た後、私は、夕食は家(ウチ)で食べようと提案し、
質問のチャンスを作った。

電車を降りて、自宅に向かう道すがら、
今観たサスペンス映画の感想を一通り語り終わったところで
私は意を決して聞いてみた。

「もし明日世界が終わるとしたら、今晩何が食べたい?」

「え? 最後の日に食べるものかぁ」

そう言うとヒロシは、
指折り何かを数えはじめ、胸の奥から絞り出すように答えた。

「う~ん。この問題はぁ・・・、ひっじょうに難しいですなあ。
一つに決めてしまう前に、3つの可能性をば、並べてみましょう」

映画の探偵のような芝居がかった口調に引っ張られ、
私は殺人現場の容疑者のような気分でゴクリとつばを飲み込んだ。

「考えられる~答えは・・・」

勿体ぶって間を取った後、ヒロシは早口で一気に並べたてた。

「唯奈のキーマカレー。
唯奈の卵焼き。
唯奈のタヌキ豆腐。
この三つならどれでも良い。出来るなら一日で三食とも食べたいですな」

100点満点!
コース料理だとしたら、前菜だけで満腹になりそうなくらいの答えだけど、
ヒロシはさらに得点を上げるメインディッシュを出してきた。

「おや。どうやら種明かしがお聞きになりたいようですな。
よろしい、お話ししましょう。
唯奈のカレーは、初めてデートした銀座サイババの
キーマカレーの味を見事に再現しておりますからね。
同じく唯奈の卵焼きは初めて作ってくれた手料理。
たぬき豆腐は、金欠で食材も買いに行けなかった時に
冷蔵庫に残っていた絹ごし豆腐と天かすを煮ただけのサバイバル料理。
でも美味しかったなぁ。ね。今日もあれ作ってよ」

いつの間にか、探偵の物まねを忘れているヒロシだったが
まるで初めて会った時のように、輝いて見えた。
もう1000点でも2000点でもあげちゃいたい。

でも、それなら何故あんなことを言ったんだろう、違うだなんて。
私は、どうしても聞いてみたくなった。

絶品のコース料理が、最後のデザートで台無しになることは少なくない。
止めておけ、と、鳴り続ける心の警報を無視して私はヒロシに尋ねた。

「ねえ。だったらなんで、あたしの料理を食べた後にいつも、
『違う、違う』って言うの?」

ヒロシは、ちょっと困ったような表情を浮かべてから、語りだした。

「俺さ。子供の頃に、両親が事故で亡くなって、
親戚のおじさんに預けられてたんだけど
その人が酔っ払いで、何もしない人で、
仕方ないから、毎日自分で料理してたんだ。
でも、どうしてもレトルトとかになっちゃうからさ。
唯奈と付き合うまで、手料理の味をほとんど知らなかったんだよ。
だから、つい新しい味に出会うと嬉しくて、
レトルトとは違う(・・)って。言っちゃうんだよね。ごめんね」

ヒロシ、違う。謝るのは私だ。
分かっていなかったのは私の方だ。

ご両親が亡くなったことも知っていた。
おじさんに預けられた話も聞いていた。
なのに、その家庭の食事の様子なんか想像もしなかった。

そんなものを感じさせないほどヒロシは明るく、お茶目で、
我慢強かったのだ。

私はしっかりとヒロシを抱きしめ、
その夜の食事は、思いっきり腕を振るった。

メニューはもちろん。カレーと卵焼きとタヌキ豆腐だ。

そして、ヒロシに最高の誉め言葉をねだった。

「ね。違うでしょ」

              おわり



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