「熊楠吠える」・・・こんな男が今欲しい。無頼の博物学者南方熊楠。
『熊楠吠える』
明治三十九年。全国の氏神や郷社を
神道系の神社に統合整理する『神社合祀令』が発布された。
紀伊山地を背負う和歌山県田辺市でも、
小さな社や祠が次々と取り壊されていった。
当時、和歌山県内におよそ3700あった神社や郷社が、
なんと600社余りにまで減ってしまったのだ。
「あかん。今のうちになんとかせな、えらいことになる」
田辺市に住む異端の博物学者、南方熊楠は、
地元の新聞、東京の民俗学者など、あらゆるツテを使って反対運動を行い、
時には、斧やチェーンソーの前に、その身一つで立ちはだかった。
「八百萬の神々っちゅう言葉を知らんのか。
どんな小さなものにでも神様がおるんや。祠を壊させんぞ。この罰当たりが!」
小さな祠の前で熊楠は、今まさに振り下ろされようとした斧を奪い取った。
「お前ら、祠が無くなったら、鎮守の森の木々まで一緒に伐採するつもりやろ。
結局金儲けやないか。ええか。植物はな、ちょっとした環境の変化で、
あっという間に全滅するんや。取り返しのつかんことになるど」
伐採業の男たちは、この突然の闖入者を追い返そうとした。
「なんや、あんたは。ワシらは、お上の決めたことをやってるだけや」
こんな小さな祠ひとつ無くなっても、町に大きな神社もあるし、
木は人の役に立つし、風通しも良なって森も喜ぶやろ」
熊楠は、奪い取った斧を地面にたたきつけた。
「どいつもこいつも口が臭いわ。
こないだまで、ことあるごとに、神様頼んます、お願いしますぅてお祈りしてたやないか。
そやのに、政府に言われたら急に森の木ぃを切り倒すんか。
おんしゃらには、ご神木が金のなる木にしか見えてへんのやろ!」
熊楠の指摘は的を得ていたのであろう、役人たちはバツが悪そうに目を伏せた。
権益を狙う役人と材木業者にとって、鎮守の森は格好の森林資源であったのだ。
「図星やな。これでもくらえ! か、か、げぼ、うげえ~」
熊楠は、体を大きくそらしてから、役人たちに反吐を吐きかけた。
「げぼ、げぼげぼ、うげえ~」
熊楠は、奇妙な特技を持っていた。
自由自在に胃の内容物を吐き出すことが出来えるのである。
「うわ~」
村人たちはたまらず道具を放り投げ森から逃げ出した。
「あははは。ざまあ、ざまあ」
しかし、熊楠の心は晴れなかった。
神社合祀は、瞬く間に広がっていったのだ。
熊楠は根気よく説得を続けた。
勿論、気に食わない悪徳官僚には反吐を吐きかけて対抗した。
そして数か月後、役人の中にも、
熊楠の言葉に耳を傾ける者が現れ、合祀はついに中止となった。
その後、田辺沖の無人島、神島(かしま)を始め、
多くの島や古代から伝わる森に、人の立ち入りが禁じられるなど、
和歌山県では手つかずの自然が多く保護されるようになった。
「ほんまに危ういのは、森が無おなることやない。
自然が無おなったせいで人の心が無おなることや」
無頼の漢、南方熊楠の情熱は、今も自然を愛する人々の心に生き続けている。
しかし、何物にもひるまない熊楠にも弱点があった。
つづく
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