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【メイキング】Vketワールドができるまで

前回はご新規さん向けに書いたけど今回はワールド制作者やHIKKYってどんなふうにワールド作ってるの?ってとこに興味ある人向けに書いてみます。

仕事が天から降ってくる

軽く自己紹介しておくと、私は2022年5月から入社したHIKKY所属の3Dモデラーで「GYPSY01/じぷし」といいます。
VRChatをやって3Dを覚えたクチで、HIKKYに入る以前はフリーランスで仕事を受けていました。その前は3Dまったく関係ない職だったので、やってはいけない例の見本みたいな人生です。

そして9月ごろ、めちゃめちゃ忙しい時期を抜けてひーひー言いながら腱鞘炎になって手のひらにブスっと注射を打った後、Vket冬のメインモデラーやってくれとお達しがあったわけです。
聞いたところによると、デフォルトキューブ系のプレーンなワールドらしく、モデリング的にはさほど物量がないだろうと、この時は想像しました。それは腱鞘炎にもありがたい。しめしめって感じで、初回ミーティングに臨んだわけです。
まさかあんなワールドになるとは知らずに…

人智を超越した世界

CosmoTravel Elevator」制作キックオフを終えて、私は途方に暮れていました。
想像とは違って、途方もない世界を目の当たりにしたというかなんといか。人の口から言葉が発せられているのに具体的なものの形がわからず、とてつもなく観念的な世界観で、耳から聞いたものが脳をすり抜けてくる…そんな感じでした。傍目には阿呆のように見えたでしょう。
いくつかのキーワードを抜粋すると、

・輪るピングドラムみたいな世界
・犬カレー空間
・魂が還る場所
・現実のような非現実
・誰もが想像する天国
・管理社会的な人の気配を感じさせない無機質な風景
・人智を超えた存在が作りしもの
・アカシックレコード

言葉の翻訳に時間がかかりましたが、わたしのうっすい認識によると、要はエレベーターで異なるエリア間を移動する。エリア毎にまったく違う風景が広がっている。とのことでした。
そのエリアが全部で5つ。差分ワールドを含めると10個あるとのことでした。

ムリムリムリムリかたつむりよ!

物量もさることながら、内容も濃すぎて残り約3カ月の期間では作り切れないと判断し、エリアを削ることから始めました。結果4番目のエリアが消えて、計8個のエリアで合意を得ることができました。なので内部的にはエリア4は永久欠番で、3の次に5が来るという、後からプロジェクトの説明を受ける人には混乱を生みそうな構成になっています。

ジョジョ5部のミスタが好きそう

そしてやっとグレーモデリングという、おおまかな配置図をモデリングしていく段階に入っていきます。

そもそも形としてどういう空間?

空想できるものは存在できるって誰の言葉だっけ?
とにかく想像できなければ存在しえないわけで、どんな形か共通認識を持つことは急務なわけです。そして渡された図がこれ。

概念図

完全に理解したわ。
ようは螺旋階段の途中途中にブースが置いてあって踊場みたいな場所に立ち寄る感じねーっと認識してモデリングに入っていきます。

……で、できねぇー!

想像できるだろうか?たとえば空間的に余裕のある広い塔の内壁に沿って螺旋階段があるとすると、その階段はとてつもなく長いものになる。
そこにブースを置いたとすると、ブース間の距離が30-50mほど離れてしまい、移動するだけで疲れてしまう。

では間隔を狭くしてみよう。
ブース間の距離が10mか15mほどの制限で無理のない間隔。
螺旋階段の形状を保ったままスタートからゴールまでの間隔を短くすると、どうなるか?
円筒の半径がきゅっと細くなった螺旋階段になる。
つまりブース間を行き来するのに、急カーブ急斜面をずっと曲がり続けることになる……しんどいよ…!

ならいっそのこと高さを低くしてしまったらどうか?
低い高さのままカーブを緩やかにすればストレスなく移動できるのではないか?
それは螺旋階段じゃなくてカーブのかかったただの階段なんよ。
洋館の入り口とかにそういう階段あるよね。あれ。

ただの階段ではなく、回廊でもあるという特性を考えると、人間が通るための無理のない形状というものは両立に限界があった。螺旋階段という形状そのものがいろいろと展示には不向きな欠点を抱えていた。

とまあ色々と悩んだ挙句──

円錐状に螺旋を描くことでブース間の距離を最小限に保ちつつ、空間的な広がりも確保して、ビジュアル的もバランスを保つという、理想形というよりそれぞれの妥協点をギリギリまで攻めた綱渡り的な構成に落ち着いた。モデリング的にもブース間の距離を測るのが難しかったし階段はドリフみたいに傾くし、心折れかけました。

単純なように見えて血と汗と鼻水が詰まりまくっている階段

形あるものは作れる

モデリングの話をしましょう。
私は専門学校とかも出ていないので年30万飛んでいくMayaとかいうモデリングソフトは使えず、フリーランスにも優しいBlenderを使っています。
そんな優しいBlenderさんですがGeometry Nodeという鬼難しい機能を備えています。↑の階段なんかはGeometry Nodeで作りました。こいつはモデリングと言うよりプログラミングの領域で、いちいち破壊的モデリングで階段を作ったり壊したりしていては、極短い期間でグレーモデルを調整するのは不可能だったので、めちゃ急いで付き焼き場で勉強しました。

螺旋階段のジオメトリノード(今見ると無駄が多い)

その他のグレーモデルは空間を立体的に使うため、BlenderでCubeをちまちま置いていくやり方では非効率だなーと思いGravitySketshというVRモデリングソフトを使いました。VRで感覚的にモデリングできるツールです。正確に配置はできないですが1日1ワールド分ぐらいのペースでグレーは作らないとなのでスピード命です。

少なくともどんな形をしているか、おぼろげながら見えてきました。
空想がやっと現実に落ちてきます。

エリア1グレーモデル
エリア2グレーモデル
エリア5グレーモデル

という感じでグレーを作ってはんービミョー、もっと情報量が、密度が…みたいな反応を拾いつつアートの発注をしたりします。詳しくモデリングするにはアート(美術設定)が不可欠です。砂漠で水を求めるがごとくモデラーはアートを求めます。

アートは時代ミツルさん。エリア2のビル

上がってくるアート(美説と略したりする)を眺めては、こんなんどうやって作ればいいの…と頭を抱えながらモデリングに移ります。

エリア3差分の遺跡

特にコレ、どうなってんの???
前後の関係とか立体物としての構造とかめちゃんこねじくれてて、どうパースを取ったらいいのかまったくワカラン!えーん!

Blenderではかたつムリなので、MediumというOculusストアに最初期からあるモデリングソフトを使いました。しゅわしゅわーとヘアスプレーを盛る感覚でVRモデリングができます。

資料を横に置いてしゅわしゅわモデリング
そのあと形を仕上げたのがコレ

普通じゃない方法で形だけ整えたモデルというのはポリゴン数がえげつない事になったりするので、ここで作ったデータをBlenderに取り込んでデータとしての形式を整えます。

UV展開は自動。トポロジーが整ってないので自動で良いのだ
テクスチャはサブスタでうにゃうにゃっと3面投影とか駆使して手書き部分も加えてやる

というプロセスを無数に繰り返して全体8エリア分のモデリングをするんですが、ユニークではないモデルに関してはアセットを購入して配置した部分も多数あります。
そのままアセットを置けるかというと、全然そうではなく、同じようにモデリングで改変する必要があります。

わりとよくある何気ないプロップ類もかなり手を加えないとVRCでは使えない。負荷的な意味で
テクスチャ焼き直しやリダクション
リダクションしたうえでテクスチャ改変

アートプロトという工程

モデリングしたものを配置してテクスチャまで整ったらグレーという段階は抜けていてアートプロトという過程に入っていきます。今回みたいにアセットも交えるとその境目は曖昧ですが、スケジュール的にそうなっています。ワカラン…アートプロトとはいったい何なのか…ワカラン。

モデルが出来てくれば俄然足りない部分というものが明確にイメージできるわけで、フィードバックもガンガン上がってきます。これが足りないあれが欲しい、ここはパーティクルでここはアニメーションさせて明かりがどうのこうの情報量が密度がシズル感がうんにゃらかんにゃら…

私の場合、私の内面からこうすべき、みたいなビジョンが浮かんでこない平凡なモデラーなので、何より反応を貰うことが大事です。できないことは勉強したり分かる人に相談したりさんざん生みの苦しみを味わいました。ここまで来るとモデリングどうこうと言うより、ギミックや演出面、テクニカルアーティストの領分にも踏み込んで色んな決定をしなきゃいけないです。

プロップ類の質感は世界観を合わせるために監修必須
リング部分のラフ

やる気が出たのはエレベーターの演出

見せ場になるエリア移動のエレベーター演出なのですが、これはわりと最初期から構想されていて、モデリングが実際に始まるより早い段階で演出のみ存在してました。

うおー!これは最高なものになる!
演出もばちこり決まっていて良い

そして最終工程へ

なんだかんだですべてのモデルが整うのは開催2週間前くらいでした。
Vketでやっていることはほとんどゲーム開発に近くて、開催は1年に2回だけど6カ月全部制作に充てられるわけではなく、要件定義する時間や人員確保、各種擦り合わせでやっと制作に移れるので毎回かなりハードなスケジュールになってます。

そんな残り期間が短いなか、最後はルックと演出を強化する時間に充てています。各エリアで雨が降ったり火の粉が上がったりのパーティクルを作ったりシステムの調整やデバッグ対応もします

最終工程のライティング。なるべくブースに影響が出ないよう注意を払いつつ配置。泣きたくなる

最初はさんざん意味わからんなんだこの空間!?みたいなところから、実際に形を作るまでやって、ここでやっとじわじわと達成感のようなものがこみ上げてきました。

現実のようでそうでない、もう一つの現実を目指して作られた風景

自動化の助け

すべてを十分な人員と時間で行えたわけではないので、できることは何でもして時間短縮を試みました。その中でmidjourneyによるAIの活用はかなりの位置を占めていましたね。

足りない部分はAIにデザインしてもらって、それを人力でモデリングするという技を使っていました。人類がAIに使われる日、それは今です。

AIさまによる作画
エリア5差分のスカイボックスとしてAIさまに作ってもらったテクスチャ
AIさまに作ってもらったテクスチャを別のAIで質感も付けてもらう

そのうち多分AIでモデリングもやってくれると思います…モデラー廃業だなこりゃ。

エリア5の本棚の配置は全部Geometry Nodeでやりました。
一個一個手で置いたり配列複製するだけだと正確にできないし、何度も作り直しでになっちゃうので、限られた時間でやるには自動化は必須と言えますね。おかげで腱鞘炎も治ってきましたし。

本棚を2重螺旋状に配置するためのノード。螺旋を作るのは無駄に慣れてきた

そのうちPromptを念じるだけでワールドが作られる日が来るでしょう。これマジ。

そして開催へ

なんだかんだで完成させて、そしたらやっぱり反応が気になってPublicで時々訪問者の監視活動をしています。めっちゃエゴサもしてしまいます。
でもやっぱり訪問者が楽しむのは出展者のブースがメインで、風景をゆっくり見て楽しむって人は少ないほうです。逆に言えばこんだけ苦労して作ったけど、風景をゆっくり見て楽しむためのワールドにしてはいけないという自戒を持たなくてはいけません。ブース見物を通して体験の一部として「不思議なワールドだったね」という感想が残るなら幸いですね。

でもやっぱり何かしらの証は残したいのでクレジットや資料を置いたりしました
猫アバターになって監視活動にはげむ私

次は今回の反省点を生かしてもっと楽しいワールドにするぞー!
それでは次のVketにて!


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