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小説:プライドの行方(第三章)

数日後、私は以前から約束していた同期入社の直美と飲みに行った。

会社近くの行きつけの飲み屋でビールと冷ややっこを注文し、乾杯した途端に、直美が切り出した。

「あのね、変な事言って良い?フィールド・セールスの塚田っているじゃない?この間あの人を別の飲み屋で見かけたんだけど、お宅の速水ちゃんにすごくいろんなことを吹っかけてたよ」

「吹っかける?どういう事?」

「やれ、あんたが30歳過ぎてるのに結婚もしないオールドミスだとか、速水ちゃんに意地悪をしてPowerPointやExcelの使い方を教えないとか。あんたがうちの会社に来てまだ日が浅いのにのさばっているとか」

私はこれにはピンとくるものがあった。

塚田という人は女癖が悪く、現在婚約中の彼女がいるにも関わらず、社内の女性で付き合っている人が少なくとも二人はいるとのことだった。社内で手を出している彼女は全く気にすることなく、社内でも隠すことなく堂々と付き合っている。

そんな塚田が私に寄ってきたのは数か月前の事だ。食事や飲みに誘ってきたり、残業中にわざと私の肩や首筋に触れてきたりするので、「婚約者の方の所に行かれたらどうですか?」と追い払ったことがある。

私は直美にそのことを告げた。

「ああ、だからか。塚田、痩せすぎだけど、一応お面は良いから女癖悪いんだよね」

「婚約者がいるから、最後にパーッと花を咲かせたいのかね。私は巻き込まれるのはごめんだな」

「ま、プライドを傷つけられた男は何をするか分かったものじゃないからね。気を付けた方が良いよ」

「了解」

八月の末、私は休暇で念願の北海道に行き、涼しい夏の北海道を満喫した。

それが速水には気が食わなかったようだ。

新卒の人は、入社6か月たたないと有給が発生しない。11月まで待たなければならないのだ。その前年の12月に入社した私は、有給が発生していたので、今回は旅行に出ることが出来た。

「入社年月が数か月しか変わらないのに、山崎さんにそんな権利があるなんてありえない」と、筋違いの悔しさをもろにぶつけてくるようになった。

「あなたも11月には有給が発生するよ。11月は旅行もオフピークだから、かえって遠出しやすいんじゃないの?」

それでも速水が納得していないのにはもう一つ理由があった。

それは、私が11月にオーストラリアに一週間出張に出ることになっていたからだ。

業務的にオーストラリアと連絡を取り合うことが多い私は、年に数回の出張を命ぜられると入社時に聞いていた。各国のやり取りしているチームと直接顔を合わせ、こちらの要望を伝える。先方との仕事の流れや日本との問題点を洗い出し、実際にどのようにすればビジネスに繋がっていくか話し合う機会だった。

チームや上からの要望をとにかく伝え、日ごろから見聞きしている問題点などをかみ砕いて説明しなければならない。中途採用で入った私はどこまで現状を明確に伝えられるか、プレッシャーは大きかった。

休暇が終わり、出張の準備を始めた私に、速水は何かと絡んでくることが増えた。ある意味、質問が増えた。

しかし、意味の分からない質問が多かった。目を下に付せ、ぶすっとした顔で速水は質問を繰り替えし訪ねてきた。

「山崎さん、なんでExcel使えるんですか」

「なんでPowerPointが使えるんですか」

「なんで英語出来るんですか」

Excelは日常業務で使うし、分からない所があれば使い方はネットで調べられる。PowerPointは、今回の出張で必要なために、今は週末を割いて猛勉強をしている所だ。

私はそのことを速水に説明した。

しかし、速水は納得しなかった。

「社員教育とかしないんですか?ExcelやPowerPointの使い方って、普通企業で社員に使い方を教えますよね?」

「でも速水さん、あなたの今の業務でExcelやPowerPoint、そんなに使う?Excelは使っていると思うけれど、PowerPointは使わないんじゃない?」

「でも、普通の企業だったら教えてくれるはずじゃないんですか?私、山崎さんが意地悪して私に教えようとしないんだと思ってるんです。これって、新人いびりですよね?」

あまりな意見に、開いた口がふさがらなかった。

「あのね、ExcelやPowerPointを会社で教えてもらいたかったら、あなたの日常業務がExcelのどの機能を使えれば効率アップするとか、PowerPointを使えばどれだけ業務がはかどるかを上司に説明する必要があるのよ。業務時間内にあなたにトレーニングを施すには、会社もお金を使わなければならない。本来やるべき業務を差し置いて、トレーニングに当たらなければならないからね。

あなたがExcelやPowerPointを学ぶことで、どれだけ会社の利益になるのか、まずそれを上司に証明しないと。本当に必要だったら、自分で学んでみるとか、リーダーの山瀬さんや、小田島さんにお伺いを立ててみれば?」

速水は無言だった。もしかしたらそのような発想が無かったのかもしれない。

速水も今は立派に海外支店と連絡を取り、お客様からのオーダーを送るようになっていた。本棚や飾り棚。子供用の勉強机から姿勢の良くなる椅子。

その中でも、気難しい支店の担当者の一人が、彼女からの注文を難なくさばいてくれているのに私達は笑みを隠し切れなかった。気難しい担当者に対して、速水はそつなく注文や顧客の意見を伝えている。

もしかして速水は凄い才能の持ち主なのではないだろうか。

私達はチャットで速水にメッセージを送り続けた。

「あの気難しいリッケさんとちゃんとメールを交わせるなんて、速水さん凄い!」

「あの人は必ず無理難題を言ってくるからね~。それをそつなくさばいている速水さんは才能あるよ!!」

「その調子でどんどん良いものを造ろう!お客様もきっと喜んでくれるよ!」

このチャットに速水からの返信は無かった。リアクションすら返ってこなかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「塚田さん、聞いてくださいよ。うちの先輩達、チャットで私の事をおおっぴらにバカにするんですよ!ごく当たり前の事をやっているだけなのにグループチャットで褒めちぎり。公開処刑のつもりですかね?小学生以下の扱いですよ、全く。。。

それに、あの人達、大っぴらに休暇に入って行って、私そのカバーをしなくちゃならないんですよ?」

いつもの居酒屋で、私は焼酎を煽りながら、塚田さんと同僚の西村さんに話を聞いてもらっていた。

「え、三課は新入社員にそんなことやらせてるの?」

西村さんが驚いて声を上げた。

「そうですよ!夏休みで人が家具の事を考える暇が出来るときで、フィールド・セールスからの問い合わせがものすごく増える時期なのに皆休暇で遊びに行って・・・あの人達、自己管理がぜんっぜん出来ていない。休みを取るならオフピークに取ってほしいですよ、まったく・・・」

「まあ、皆おばさん達だから、あんまり体力もないんじゃない?高齢者介護だと思って、生ぬるい目で見てあげなよ。いずれ管理をするんでしょ?ここはひとつ頑張らないと!」

塚田さんがいつもの暖かい声で言ってくれる。

「高齢者介護って、ぴったりな表現!」

「大体、うちの会社もおかしいんだよ。山崎さんみたいに中途であんな三十代とかを採用して。採用できるんだったらもっと若手を採ればいいのに・・・社内の高齢化が進むし、それになにより若い世代を育てない企業は先がないよ。エリカちゃん達だけじゃない。二十代のこれから会社の中核になってくれるような人達をどんどん育てないと。

俺だったら、中途採用をするぐらいだったら、派遣の人を採用するね。派遣さんだったら残業時間も管理できるし、定時に上がってもらうということも出来るし」

西村さんが一気にまくし立てた。

「そうなんですか・・・三課の人達、おかしいんですよ。何かあれば「良いものを作る」って言って馬鹿みたいに残業して。すっごく自己管理できていない人だらけ。仕事とプライベートのけじめがついていないんだと思うんです。そういう人達、私は嫌いだな。それに会社に媚びて残業して「自分達は働いてるんだ」ってアピールしてるみたいで。恥ずかしくないんですかね」

「それは分かるよ。自分達だけが頑張ってるんだ、と思い込んでるんだよ。フィールド・セールスではもっとけじめがついてるかな。効率性を重視してるし、変な残業をする人もいないし」

塚田さんが言う。

「いいなあ、そういう部門・・・私、来年フィールド・セールスへの移動を申請しようかな。このまま三課にいたら、自分がどんどん頭が悪くなっていきそうで嫌なんです」

「本当に希望するなら、課長に相談してごらんよ。年に二回は課長と面談があるはずだから、その時にでも言ってみるといい」

「そうしようかなあ・・・」

私はそう言って、焼酎のグラスをぐいっと傾けた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「速水さんっ!」

「んぁ。。。。」

涎を垂らしながら、速水は眠たげな眼を重そうに開けた。

「まだ朝の10:30ですよ!ミーティング中は寝ない!」

山瀬さんの高い声がミーティングスペースに響き渡った。

「ぁい。。。」

このところ、速水は遅刻が増えていた。

朝も座席で船を漕いでいることが多く、明らかに酒の匂いをさせて出社することが増えていた。ミーティング中でも今日の様に居眠りしてしまう事が増えている。

「山崎さんの出張中は、私も含めて三人体制でカバーしましょう。山崎さん、出発は日曜日よね?気をつけて行ってきて下さい。

それじゃ皆さん、今週もよろしくお願いいたします。速水さん、そろそろ仕事の内容だけじゃなくて、ミーティングの内容も自分でメモを取るようにしてね。」

月日は飛び去り、私は11月の出張に出た。私の不在中はチームリーダーの山瀬さんが穴埋めに入り、業務をこなしてくれる事になった。

出張の前日,私は神経質な位ラップトップの調子を確かめた。海外に持っていく精密製品はどうしても気にかかる。途中で壊れたりしてプレゼンが出来なくなったら困る。

私は容量の多いUSBを購入してバックアップとして資料を移し,大切にしまって持っていくことにした。

オーストラリアへの十三時間の旅。時差が無いこのフライトは本当にありがたい。本社へ出張に行く人たちは皆時差ボケでどうしても初日に体力を持っていかれる。オセアニア地域は本当にありがたかった。本社へ出張に行く人たちは皆時差ボケでどうしても初日に体力を持っていかれる。オセアニア地域は本当にありがたかった。

夏に差し掛かっていたオーストラリアは気候も良く,持っていった上着を鞄に詰め込み,軽装になって機体から降りた。

事務所について,普段からメールで仕事をしている社員達に会い,早速日本側の仕事の進め方と今後の方向性についてのプレゼンテーションを行った。オーストラリア側からもプレゼンテーションと説明があり,普段どのように仕事をしているか,急ぎの物がある場合は,出来る限り対応はしたいが,持ち越せるものは翌日に持ち越して欲しいとの意見も飛んだ。

無駄なように見えるが,実際に顔を合わせて話をし,それ以外の雑談などを通じて違うオフィスのスタッフとの距離が縮まっていくのは何とも嬉しい限りだった。メールでは汲み上げられないその人の個性がはっきりとわかるからだ。

優しい人,のんびりした人。がつがつしてやる気に溢れている人。こんな人たちと一緒に世界に一つしかない一点ものの家具を作っているだと思うと,ますますやる気がみなぎってくる。

出張先では会社のノートパソコンのWordが不調だったため現地でレポートを書くことが出来ず、そのおかげで出張レポートは週末を使って何とか書き上げた。

オフピークである11月になっても、私達の所属する営業全体では慢性的な残業が続いていた。海外と時差のある仕事をしていると、どうしても現地とのやりとりで時間外まで残らざるを得なくなる。

原因は、フィールド・セールスからの終業間際の急ぎの連絡が慢性化していたからだ。

会社をあげて残業を減らそうとしている今、フィールド・セールスのチームリーダーの吉田さんなど、急ぎの案件は出先から直ぐに連絡をくれる人もいた。

しかし、スマートフォンやラップトップが利用できる昨今でも、社内連絡はオフィスに戻ってから手をつけるフィールドセールスは多く、「明日の午前回答」という案件を終業5分前に連絡してくる人はざらだった。

これについては上司から改善を正式にフィールドセールスに上げてもらっているが、一向に改善する様子は見られなかった。

速水は仕事を定時に上がる習慣がついていたが、上がりかたが乱暴で、その日の内に終わらせなければならない仕事が残っていても帰宅してしまう。

何度となく注意をし、挙げ句の果てには課長から注意が行ったものの、改善する様子は一向に見られなかった。

速水の残して行った急ぎの案件は私と小林で分担していたが、これで残業するのも腑に落ちない事だった。

12月の忘年会の頃、私は直美とまたいつもの店で情報交換をした。直美はビールを頼むと、すぐに口を開いた。

「そういえば、ちょっと前の事を蒸し返すようだけどさ。塚田、あれ本当に気を付けた方が良いよ」

「なんで?」

「あいつ、速水さんにあんたの悪口をさんざんに吹き込んでるんだって」

「なんだってそんなことを・・・」

「あんた達の事を高齢者とか言って、何か問題が起きたら高齢者介護だとか、フィールドセールスの方が効率的に仕事をしてて、あんた達が自分たちだけが頑張ってるんだと思い込んでいるとか。挙げ句の果てには速水ちゃんをフィールドセールスに誘ったりして。この間、塚田と速水、それに西村がそこの席で飲みながら大声で話してるのが聞こえちゃった」

「なんだか発想がひどいね。仲たがいさせて何をしたいんだろう」

「あんたの評価を下げたいんだと思うよ」

「評価は気にしていません」

「それがそうもいかないかもよ?」

「なんで?」

「来年、そちらのチームリーダーが部署移動するじゃない?あんた、次の候補に挙がってるって噂だよ」

「それは無いでしょ。だって私より在籍期間が長い人だって沢山いるのに」

「分かってないね、自分の事。普通、転職してきて半年ぐらいで海外出張する人なんてあんまりいないと思うよ。それに山崎、なんだかんだ言って英語できるし。業務さえ覚えちゃえば、管理部門に引っ張られるのも秒読みだと思うけれどね」

「出張に出るのは、採用の時から言われていたことなのよ。だから業務の範囲だと思うよ。それに管理職ねえ・・・私は現場にいてもっと仕事したいんだけどな。管理職ならもう少し現場の仕事をやってからでも全然遅くないと思う」

「そっか。それならそうと上に言っといたほうがいいね」

そんな話をした数日後。総務に用事があった私は、エレベーターホールで5階への上りのエレベーターを待っていた。

すると、廊下の奥にある会議室の方から怒号と何かを殴っているような地響きがしてきた。

何事かと思い、廊下を渡って会議室のある一角のドアを開けようとすると、中からフィールド・セールスの竹中の怒りに任せた叫び声が聞こえてきた。

「営業三課ですか!またあいつら、そんな面倒な事を言い出して!そんなことを言って、三課の方にも問題があるんじゃないですか?大体あいつら偉そうな顔をしてのさばりすぎているんですよ!」

フィールド・セールスのチームリーダーである吉田さんの柔らかな声が聞こえてきた。

「竹中君、そうは言ってもだよ?こうして営業三課からデータを出されると、我々としても改善をしない訳にはいかないんだよ。うちのチームだけが、三課に対して終業の五分前ほどに現地オフィスに確認が必要な「明日要回答」の仕事を依頼している。それもほぼ毎日だ。

今聞いた限りだと、皆、社内への情報共有と連絡事項は、出先から帰ってからするようにしているんだって?」

「そうですよ。手順として決めてありますから。我々フィールド・セールスは効率重視です。社内への情報共有、指示連絡は帰社してから一気に行うのが最善です。それが一番スマートなやり方ですから」

「そこを、せめて現地に確認が必要な事項だけ、その都度社内に仕事を依頼して欲しいと言っているんだ。何も大げさな事じゃないだろう?顧客とのミーティングが終わった所で、社内に連絡してほしいとの要請なんだ。口頭でもメールでもどちらでもいい。それでないと社内の人間、いつまでたっても残業を強制するようなものになってしまってるんだよ」

「それは三課の仕事の処理が遅いからでしょう?!たった二分もあれば出来るような内容ばかりですよ、我々が確認を依頼していることは。あいつらが仕事が出来ないばっかりに、我々の手順が狂わされるのはごめんですね」

「そうは言うけどなあ・・・これまでに俺達が頼んでいる終業間際の依頼内容も、「顧客からデザイナーに対する20の質問」や、「デザイン内容変更、再見積もり」、それに「デザイナーへの取材依頼」まであるぞ。

これ、二分や三分で仕上げらえるものなのかい?急ぎなのはわかるけれど、かと言って、突貫工事で現地に問い合わせられても細部がおざなりになっては意味がない。早め早めに社内に依頼したほうが良いものだと思うけれどな」

「だからって、社内の依頼ばかりそんなに簡単に聞き入れていいんですか?俺達が汗水たらして獲得してきた仕事であいつらは飯を食っているのに、それを俺達を顎で使うような真似ばかりして・・・」

「そうだね。確かに俺達が汗水たらして獲得してきた仕事だ。しかし、それを現地に間違いなく英語で仕事の依頼をしているのは営業だ。三課だけではない、一課や二課も同じことだ。俺達だけでは出来ない仕事を、社内で分担している事を忘れてはいけないと思うよ」

ガツッと、椅子を蹴るような音がした。

「何だよ、ちょっと語学が出来るからって・・・本当だったら俺だって英語でちょちょいと現地にメールを送ることなんて簡単に出来るのに!あいつら、つけ上がりすぎですよ。吉田さん!何とか言ってやってくださいよ。俺は今までのスタンスを変えるつもりは無いですからね」

「それがなあ・・・三課は、就業十五分前以降に届いた依頼は、翌日に持ち越したいと言っているんだ。

あちらさんは急ぎの案件の重要度を理解しているけれども、現状のままだと残業カットの目標数値に達しないそうだ。

なので、皆さん、ご協力のほどを。古い手順が身についているからしばらく時間はかかるかもしれないけれど、社内の仕事の効率化のためにも、どうか協力してほしい」

その後、チームの全員が大声でわめき始めた。誰が何を言っているのかはすでに判別できなくなっているが、吉田さんの決定に反発しているのだけは分かった。

立聞きなど、するものではない。

私はそっと廊下を戻り、エレベーターホールへと向かった。

(続く)


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