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二十歳過ぎてある日突然将棋にハマったおたくの話④【終】

山本四段がさっぽろ東急将棋まつりに出演することを知ったのは、ねこまどで別のイベントに出た帰りのことだった。参加客の中にいた知人との打ち上げ中に、イベント中ほとんど見ていなかったTwitterをざっと確認して知ったのだ。
日程は8月12日・13日。その時点でひと月前を切っていた。
「え、ちょっと、さっぽろ将棋まつり出るって……」
わたしは悲鳴をあげた。完全に不意打ちだった。
将棋界のイベント告知は、バンド界隈やメジャーアイドルと比べるとかなりギリギリである。宝塚はなんと年単位でざっくり発表してくれているが、特殊な世界なのでいまは置いておく。もちろん、集客人数の差やイベントの性質、いろいろな優先順位などを鑑みればしかたがない。
だが、飛行機チケットには手配の時期が露骨に価格に反映されてしまうのだ。しかもお盆期間じゃないか。もうこれは見るまでもなく絶対高い。

(ここから)冷静になれ。冷静に、冷静に……あ、8月13日って山本四段の誕生日だな……はい、行く~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!(ここまで10秒)

と、脳内議会全会一致で札幌行きを可決したわたしは、即座にざっと国内旅行比較サイトで格安ツアーパックを検索した。LCCのプランでも1泊2日往復ホテル付きで5万円後半から、ホテルはほとんど空室有無・要問い合わせである。却下。
しかたがない、プランBだ。行き帰りはLCCで直接手配し、ホテルは別に取ろう。お盆期間でひと月前ではANAやJALはもうサイトを見る気もしなかった(あとから見たが予想通りの価格帯だった)。
悪いことに、ここでさらなる問題が発覚する。なんと、前日である8月11日、わたしはねこまどで20時ごろまで指導対局を受ける予定があった。これではどう頑張ってもLCCの札幌行き最終便に間に合わない。新幹線で行けるところまで行って一泊……、というプランも考えたが、価格的には最終手段にしたいところである。とりあえずその場では帰りの便だけを予約した。ジェットスターでだいたい8000円くらいだった。
なお、このくだり(時間にしてだいたい5分くらい)を見ていた同席のおたくたちは、誰ひとりとして「行くな」と止めなかった。信頼できる。

さて問題はやはり行きの足である。
将棋まつりは開会が10時30分なので、12日のジェットスター始発便に乗らないと間に合わない。ジェットスターは成田空港から出るが、始発便は6時台なので、電車の始発が動く前に成田空港入りしないといけない。
実は前にも一度、このジェットスター始発便に乗ったことがあるのだが、そのときは終電で空港に着き、一晩をそこで明かして飛行機に乗った。
始発待ちのLCCターミナルは外国人バックパッカーと大学生の溜まり場だ。こういう空間で寝られるタイプではないので、一晩じゅうウォーズとクエストの10切れをやって時間を潰した。20局近く指して、2時過ぎ、4時すぎと2回同じひとに当たった。他人のことは言えないが、きみは早く寝なさいよ、と思った。
しかしこのときはライブ遠征で開演は夕方、始発便を降りてからシャワーを浴び、仮眠をとる時間があったのだ。今回はそれがない。しかも夏。考えて、出した答えはこうだ。

11日、イベントが終わったら夕食をとって四ツ谷からお台場に移動。大江戸温泉に入り、仮眠をとる。大江戸温泉からは東京駅を経由して成田空港に向かうバスが出ている。3時前の便に乗ればいい時間に成田空港に着けるという寸法だ。

完璧だ。絶対睡眠不足になるので、会場で居眠りする恐怖はあるが、そこは根性でどうにかなろう。これで足は手配できた。普通のホテルは数万円台の部屋しか残っていなかったので、すすきの近くのおしゃれカプセルを予約した。昔はカラオケやネカフェ泊で済ませていたが、たとえカプセルホテルであってもベッドで眠るのとネカフェ泊では疲労回復度合いに差がありすぎる。

バンギャルとして育ったわたしは、遠征そのものには慣れている。ツアーが始まれば毎週末違う地方にいるなんてこともざらだ。夜行バスには数えきれないほど乗りまくってきたので、戦士の証として尻が六つに割れている。シックスパックである。
そして飯がうまくてハコ(ライブハウスのこと)も観やすい(わたしが好きなバンドはペニーレーン24をよく使う)札幌は、とりわけ大好きな遠征先のひとつだ。もう何度足を運んだかわからない。ちなみに北海道はキリトが、というか村田信也さんが生まれた地である。出生の地である天使病院はキリターの間では聖地巡礼スポットになっている。キリト、生まれた病院をファンに公表してくれているって、あまりにも福利厚生が過ぎると思う。

で、だ。ここまで音速で計画を立てたわたしはふと気がついた。
もしかして、札幌まで遠征でついて行くのって、将棋界的にはだいぶ気持ち悪いんじゃないだろうか……。

東京から大阪くらいなら、たくさんいる。その逆も然り。でも飛行機の距離は、タイトル戦クラスでないとなかなか……、というひとがわたしの観測範囲では大多数のように見えた。
私にとっては大阪も札幌も変わらないというだけ、なんなら鈍行で高崎に行くよりは、札幌のほうが体感的には近いような気すらする。だが、この感覚が一般的でないことくらいはわかる。
湾岸将棋教室やねこまど講座に何度も顔を出しているため、この時点で山本四段に面は割れていた(言い方がひどいが心情としてはこの通りである)。ここでわたしは悩んだ。札幌に行くことをお伝えしてから行くのと、黙って行くのと、どっちがご本人にとって気持ち悪く(怖く)ないのか、ということを。わざわざ言って行くのも自意識過剰っぽくて気持ち悪いが、現地でひとりついてきてしまったのを知るのも怖くないか? わりと真面目に悩んで友人に相談もした。完全にどうでもよさそうな顔で「どっちもキモいよ」と言われた。そりゃそうかと思い直し、直前の教室終わりに行きますと宣言した。かなり驚かれたので、「言っておいてよかった」と思った。


将棋まつりのレポートは、かなり情報圧縮してはいるが「カクナリ!」に寄稿しているので、機会があればご覧いただきたい。ひとことで言えば超楽しかったし、行ってよかった。東急へのお礼の意味をこめて、一番高い値段の寿司盛り合わせを食べた。うまかった。

ところで、好きなバンドがフェスや対バンイベントに出たときのお楽しみといえば、そう、他バンドファンによる(わたしが好きなバンドへの)感想ツイートサーチである。さっぽろ将棋まつりはいわば、フェス。SAPPORO SHOGI FESTIVALである。山本四段は今回初めて声がかかった若手バンドで、広瀬八段(当時竜王)はいうなればヘッドライナーだ。であれば、わたしがすることはただひとつ。地元将棋ファンの方々の、山本四段への感想を聞くことである。とはいえ、どう見てもTwitterなんてやってそうにないかたが大半だし、さすがに声をかけて訊いて回るほどのコミュ力はないので、会場でひたすら耳をすませるアナログサーチだ。
「解説がわかりやすくていいねえ」「将棋が若くて面白い」ちらほらそんな会話が聞こえた。……これは大好評と言ってもいいのではないだろうか。心の中でひとつひとつを100万回ふぁぼっておく。褒めてくれていたひとは全員幸せに長生きしてほしい。
あと、大勢に祝われてニコニコしてる推しを観られる喜び、控えめに言って万物創世記って感じなので、おたくの皆々様におかれましては、推しの誕生日にイベントが被った際は万障繰り合わせのうえ参加されることを強くおすすめしたい。まじで推しの笑顔で宇宙始まる。すごい。

そうして北海道で何かをさらにこじらせ、帰京したわたしは、ますます沼にのめり込んでいくのであった……。


それから8ヶ月。
いろいろなことがあった。山本四段の銀河戦での快進撃は特に嬉しいできごとのひとつで、記譜が面白いので印刷して新宿駅前で配布したいくらいである(しないけど)。できれば本放送も観てほしい。別のところで、ただのいちファンのわたしでもべっこり凹むような負けもあったが、血反吐を吐くような指し手がひとを惹きつけることもあるのだと知った。昇段の記、新聞への寄稿ですでにその片鱗を覗かせていた文章の才能が、noteという場所を得てついに顕れたのも嬉しい。
藤井山本戦は有給をとって観た。いまが古代ギリシャであれば、藤井山本座として星座に召し上げられたこと間違いなしのすばらしい戦いだった。というかもう勝手に作った。
けれど、これからだ。山本四段の棋士人生も、ど新規わたしのファン歴も、これから。
それが何よりも嬉しい。どんな日々になるのだろうとわくわくする。もっと自分でも三間飛車を指しこなせるようにもなりたいし、時間はいくらあっても足りない。いやー、楽しい。推しがいる人生は幸福である。これからも思う存分楽しんでいこうと思う。

それでは最後に。

三間、最高!!!!!!!!!!!!!

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