高校の教科書でビオ-サバールの法則を教える方法。

以前、高校物理でマクスウェル方程式を教える必要があるかって記事を書きました。

まあ、上の記事読むのも面倒だと思うので要約すると
「学んでおもしろいって思う人は一握りだし、実際マクスウェル方程式使って計算しないよね。でも確かに理論としては美しいよね」
という意見を述べたんですね。
つまり、おもしろけど高校生には必須の知識ではないってところです。

ただし、確かに電磁気がわかりにくいのは事実です。
高校の教科書における電気と磁気の対応を注意深く見るとなんだか不完全なのは、たとえ高校生でもわかってしまうのではないでしょうか。
高校生を馬鹿にしない方がいい。結構頭いいぞ。


さて、今日の本題「高校の教科書でビオ-サバールの法則を教える方法」なんですけど、これ、タイトルはミスリードです。
何がミスリードって、高校物理の教科書で、とは言っていないんですよ。
あくまで高校の教科書としか言っていない。

え、高校物理以外で電磁気なんて教えるの?
そう思った先生、あなた、甘いんです。

高校は普通科だけじゃないんですよ。


これ、工科、電気系のある高校だと使っていることがあります。
内容的には高3あたりを対象にしてるのかなって感じですが、なんと電磁気だけで上下2冊。
物理科教員にとっては夢のような教科書です。
(一部教員には地獄かもしれませんが)

この教科書自体は色々内容が面白いので、いつかまた記事にします。
すごいよ、理論屋にとって夢のような教科書だよ。


今回はひとまずビオ-サバールとアンペールの法則のページを見ます。

実教出版 電気基礎1より

案外普通です。
もちろん、なんでこんな式になるかという話はないので、外積の話は出てきません。
そう、外積なんか使わずにいきなり$${\sin\theta}$$で書いちゃえばいいんです。
実は外積ってのは塾なり予備校なりで教わればいいんです。
(考えてみたら内積だってそうでしょ?)

続いてアンペールの法則

実教出版 電気基礎1より

お、ちゃんとした導入。
ところがこの先、すごいことになります

実教出版 電気基礎1より
実教出版 電気基礎1より

うわぁ。全部足している。
たしかに高校数学を(ほとんど)使っちゃだめという制約に従うならこう書かざるを得ません。
むしろ執念を感じます。

この記事を読んでいるのは予備校なり高校なり、とにかく物理を多少なりとも専門にしている人でしょうから、式の意味を深く言う必要はないでしょう。
ただまぁ、物好きな高校生が見てたらアレなので、ようは

$$
\displaystyle\sum_{i=1}^n \Delta H_i\Delta l_i =\displaystyle\sum_{i=1}^m I_i
$$

こういうことです。積分していいなら、

$$
\displaystyle\oint_C H dl=\displaystyle\sum_{i=1}^m  I_i
$$

ということですから、ちゃんとアンペールの法則を表しています。
ちなみに$${\oint_C}$$というのは、経路Cに沿って一周するように積分するってことです。
詳しくはその辺のYouTubeでもみてください。

というわけで、以上のように工科の科目「電気基礎」の教科書には普通にビオ-サバールとアンペールが載ってますというお話でした。
つまり、高校生に理解できないなんてことはないわけです。


以下エピローグなので読む必要はあんまりありません。
この記事を書くに至った経緯です。

高校物理の電場と磁場、どう非対称かというと、磁場にはガウスの法則に相当するものがない、とか、それゆえ磁場を計算する法則がないとか、そういうあたりです。
さらに果てでは電磁誘導はあるけど、その逆はないよねってのも(多少本によるとはいえ)非対称です。

これが、電場と磁場は全く異なるもの! という視点から説明をしているなら全く問題を感じないのですが、分が悪いことに磁場の最初は磁気のクーロンの法則から始まります。
つまり、
「磁場って電場と似ているんだよ」
というのから始まって、次のページでは

「いや、全然扱い方違うんすけどね」

と突き放してくるわけです。

なんだかこの展開どこかで見たことありますね。
そうです、高校マクスウェル方程式批判の記事で触れた、教科書における「場の概念の扱い」です。
あの時もまずは
「万有引力と似ているね」
という話から始めて、いきなり次のページで
「いや、遠隔作用と近接作用というのがあってだな、電場は場ってものを考えるから今までと考え方変えなきゃいかんのだわ」
と、一瞬だけ寄り添ってあとは突き放すスタイルでした。
どんだけドSなんだよ。
それなら最初から「今までと違うもの」でいいじゃん。
下手に寄り添うからその寄り添いに依存する輩が出てくるんじゃねぇの?


それはそれとして、この磁気のクーロンの法則、理論屋からいうとなんでこれ入れたんだよって思うやつなんですよね。

何が文句って、磁気のクーロンの法則は磁荷を用いて書かれているんです。
つまり、単磁極(モノポール)、N極だけS極だけの磁石を仮定したものの言い方になっているんです。
そもそも普通にマクスウェル方程式を扱っているだけじゃ出てきません。
大学ではGriffithsの電磁気使ってたのですけど、これにもチョロっとかいてあるだけです。

かなり限られた環境ならモノポールを実験的にも作れるとは聞いていますが、その限られた状況をイメージして教科書がこの公式を出したわけではないと思います。

むしろ、上で言っているように
「電場と似ているね」
をやりたいがために触れているのだと思います。

実際、磁気のクーロンの法則は太さを無視できて、両端の距離がとても離れた棒磁石であれば近似的に成立します。
なので全く不要というわけでもありません。

そうそう、近似的に成立するって理論屋がいう時は
「大してこだわらないレベルの実験なら十分問題なく使える式」
ということだと思っています。
大してこだわらないレベルの実験っていうのは、学校や家、高校でやるレベルの実験ってことです。
大学とか研究での実験ならもちろんその近似がどの程度まで成り立つかも少し気にするべきですが、そうでもなければ(どうせ測定器も大した精度じゃないし)外的要因を血眼で探していないでしょ?

つまり裃の気持ちとしては、
似ているねっていうならもっと似ているところ、法則を増やすべき
だし、
似てないねってことを言いたいなら無理に磁気のクーロンの法則を書かなければいいのに
と思うわけです。


私個人としては、教科書を完全無視する訳にもいきませんので、磁気のクーロンの法則は近似と教えてました。
補足としてモノポールも一応考えられなくはないが、まず身の回りで見ることはないって話もしていました。

で、電波と磁場って似ているでしょって話をした上で、どこが違うかを電場の復習も兼ねて比較しつつ扱う、そんな授業をしていました。
つまり前者をやってたわけですね。

なので私の授業では電磁場の対応関係を強調すべく覚えなくていいけどこういうのがあるという事実は知っておいてほしいと、高校指導要領外の法則も法則名はあげていました

それが今回取り上げたで話したアンペールの法則とビオ-サバールの法則なんです。

これがあると電場磁場が比較的対称に教えられます。

$$
\begin{matrix}&電場&磁場\\微小からの場の作り方&クーロン&ビオ-サバール\\高対称性・基礎理論式&ガウス&アンペール\end{matrix}
$$

こんな感じです。
世の中には
「クーロンの法則はガウスの法則から出せるから要らない」
なんて極論を言う人がいますが、クーロンの法則、パソコン上で電場を作る時は結構便利なんです。
同様にビオ-サバールがあると簡単なプログラミングで磁場のシミュレーションができます。
私なんかソレノイドコイルの磁場を計算して遊んだりしていましたよ。
巻き方が粗いとどうなるとか、生徒への研究課題としていかがですかね?


それはさておき。

今回お話しした二つの法則は、なんでないのかっていった時によく
「高校生には積分の記法や外積の記述ができない/理解できないからじゃない?」
と言われるんですが、そんなことはなくて、平易に書こうと思えば今回の「電気基礎」みたいにやることは可能なんです。
今回はとくにそれを言いたかった。
高校生をみくびっちゃいかんのです。

もちろん、ビオ-サバールとアンペールを教えることが生徒に必要かは全く別の問題です。
くれぐれも教員の自己満足でやるんじゃねーよ?


もう少し自論を補強しますと、実は大昔の教科書だとビオ-サバールもアンペールも載っていたりします。

昭和51年の実教出版、物理IIです。
ここにはアンペールの法則もビオ-サバールの法則も載ってます。
嘘だと思われると嫌なんで、今回はこれも画像で引用させてください。

実教出版物理II(昭和51)より

なんと、地の文で説明しています。

実教出版物理II(昭和51)より

こちらは外積をうまく解消した形ですね。

そもそもこの頃の実教出版の教科書は全体的に難しく書かれている印象ですね。
これ当時の高校生は読んでわかったのでしょうか?

実は数研出版の物理IIにはアンペールもビオ-サバールも書かれてないんです。
つまり、当時も「絶対教えなきゃいけないような代物」ではなかったんでしょう。
これは今も昔も同じというわけです。


私自身高校の時はアンペールの法則は覚えてました。
でもビオ・サバールは正直覚えていなかったです。
というのも、高校で出題される磁場って結局1+3(+1)種類がほとんどで、それ以外は導出そのものから誘導されるので、覚えなくていいと判断していました。

覚える磁場1+3(+1)の内訳は以下です。
 ・与えられる一様な磁場B
 ・直線状電流周りの磁場
 ・円形電流中心の磁場
 ・コイル内部の磁場
(・トロイダルコイルの磁場)
最後のひとつはいわゆるドーナツ型コイルです。
実際入試なんか見てみても、まず上の四つしか見ません。
なので、下手に導出するより覚えた方が早いというわけです。

これは電場も実はそうで、生徒には
 ・問題で与えられる一様な電場
 ・点電荷のつくる電場
 ・平板のつくる電場
(・球のつくる電場)
(・球殻のつくる電場)
(・棒のつくる電場)
これをもう覚えるように言っていました。
例によって例の如くした3つはちょっとレベル高めの生徒に。
それなりにハイレベルな子には全部導出できるように言っていましたが、まあ現実覚えていたでしょうね、生徒は。
生徒をみくびっちゃいかんよ。

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