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第75回富士登山競走(2022年大会)の振り返り

■はじめに

私は故障中のため、今年の富士登山競走に出場できませんが、当日に仕事があるため現地へ応援に行くこともできません。
しかしながら、昨年のレースの状況をお伝えすることで、今年の第76回大会に挑戦する人の役に立てたら幸いだと考えました。
留意点などを箇条書きにした方が簡潔で分かりやすいと思いますが、より具体的にレースのシミュレーションに活用できるように、1人の選手の目線で捉えた世界を綴るかたちでお伝えしたいと思います。

当日朝、選手用駐車場から仰ぎ見る富士山

■スタートまで

当日、指定された駐車場からスタート地点までは選手輸送用のバスで移動することになります。
私はスタート地点に50分あまり前に到着しましたが、五合目まで運搬してもらう荷物を預けたり、トイレ待ちの列に並んだりするだけでも時間を費やすことになったため、もう少し早く会場入りすべきだったと反省しました。ウォーミングアップは4km程度のジョグをしたいところでしたが、2kmほどしかすることができませんでした。
また、スタート地点周辺は選手で密集する上に、開会式がまで交通規制は始まらず、富士山方向に伸びる道は当然すべて坂道になっているため、ウォーミングアップをする場所はあまりありませんが、短い距離を何度も往復するなどして工夫するしかありません。
指定駐車場でウォーミングアップをしてからバスに乗ってスタート地点へ向かうという方法もありますが、絶えず往復輸送していたバスが、突如しばらく来なくなるという事態も過去にあったため、選択肢から外した方が懸命です。

第75回大会の当日は晴天で非常に気温が高く、立っているだけでも汗をたくさんかきました。スタートまでに水分補給ができるよう、フラスコなどに200mℓ程度の水を入れて持参した方が良いと思います。
開会式の開始よりも相当前から、スタートの位置取り争いが事実上始まりますが、位置取りを優先するか、できるだけ直前までウォーミングアップすることを優先するか、自分に合った方を選ぶ必要があります。私はウォーミングアップを優先しました。

さて、開会式が始まり、富士吉田市長の挨拶に感激しました。選手だけでなく自身や大会運営スタッフも富士登山競走の再開を心から待ち望んでいたこと、そのために多くの人たちが協力してくれたこと、2年連続で中止になっても選手たちは登山競走の再開に向けて努力を続けて戻ってきてくれるだろうと信じ続けていたこと、今まさにレースが始まろうとしていることを誇りに思っていることなどを、理路整然でありながら静かに感情に訴えるように、そしてこの場に集まった選手たちへ最大限の敬意を払うように、堂々と、優しい口調で丁寧に話されていました。私は職業柄、公の場や大勢の前で挨拶をする役職者の挨拶文の素案を書いたり、挨拶をする人の姿を見たりする機会が何度もあるのですが、これほど立派な挨拶を今まで聞いたことがありません。

続いて選手宣誓は、伝説的富士登山競走者の芹澤雄二さんでした。登山競走からの引退表明を寂しく思いましたが、富士登山競走で誰よりも速く駆け上り続け、挑み続けた偉人の宣誓は感慨深いものでした。
私は過剰な労働により半月前に体調を崩し、自律神経のバランスが崩れて浮腫が取れず、出場することを決意したのは3〜4日前という満身創痍の状態で会場入りしましたが、お2人の話を聞き一気に集中力が高まりました。

■スタートから馬返しまで

そして午前7時、3年振りに富士登山競走の号砲が鳴りました。普段ロードを主としている人や、トラックでスピード練習を積んでいる人は、集団のペースの意外な遅さに戸惑うのではないかと思います。私はAブロックの中程より少し後ろから走り始めましたが、しばらく先行者を追い抜く作業が続きました。私はストライドが広く、薄底シューズで5〜10km走ったときのストライド長は身長(172cm)と同じくらいなのですが、先行者の足を何度も踏みそうになり、声をかけながら200〜300人を追い抜き続けました。
集団から抜け出し、スタートから400mほどで左折して、いよいよ上り坂に入ったときには、先頭の姿はすでに100m以上先にありました。スタート直後は身体が高負荷に対応しきれない状態にあるため、この市街地の坂では間違いなくペースを抑えるべきです。市街地を抜ける前に最速ギアまでペースを上げた選手は、その後すぐに失速しています。再度左折し、市街地の南端のわずかな平地を走るあたりから本格的にギアを上げるのが最善だと思います。

北口本宮冨士浅間神社の脇を通り抜け、先行者を追い抜き続けましたが、諏訪の森自然公園を過ぎたあたりから同程度のペースで走る選手たちと並走するようになりました。通常、人の背後に付いた方が、脳の糖消費を抑えることができ、さらに空気抵抗も削減することができるため有利になりますが、私は身体の放熱を優先してあえて人の背後には付かないように走りました。

最初の給水所がある中の茶屋に達し、設置されたタンクの水を持参のフラスコに入れましたが、10秒以上のタイムロスになりました。ペットボトル入りの水が置かれている五合目までは、ペットボトルをもらうようにすべきでした。ただし、ゴミ箱は従来と同様に給水所の直後に置かれているため、水を飲むために立ち止まる必要がありますが(当然、水を飲み終えたペットボトルは選手が自分でゴミ箱に入れるのが前提です。)、いずれにしても、従来の紙コップと比べてペットボトルの蓋を開ける時間が必要な分、タイムロスは大きくなりました。
中の茶屋から細い道に入りますが、舗装がかなり痛んでいて、ひび割れたり窪んだりしているところがあるため、路面が奇麗な場所に足を付けるように気を使って走る必要があります。予定通り馬返しの直前で持参のジェル(AJINOMOTO アミノバイタルパーフェクトエネルギー、180kcal)を摂取し、馬返しの給水所ではペットボトル入りの水をもらいました。
体調が良いの場合の目標通過タイムは50分半のところ、実際には51分50秒ほどで遅れはわずかだったので、全身の感覚が鈍い割には、意外と身体は動いているのだと理解しました。また、ここで「23位」と声をかけられ、そんなに上位にいるのかと驚きました。これまでの馬返し通過の最上位は2017年の73位(最終的に28位でフィニッシュ)でした。標高が上がるにつれ私に有利となるため、このまま行けば10位台前半でフィニッシュできるのではないかと思いました。

■馬返しから五合目まで

馬返しから、いよいよ登山道が始まります。ここから五合目手前までは階段状の道が繰り返し現れ、脚のパワーが弱くて膝を高く上げる動作が不得意な私とって、鬼門となる区間です。なるべく段差が小さい場所を選びながら、無理のないペースで進みました。
また、この区間は階段、やや急な土の斜面、ほぼ平坦など道の形状が細かく変化し、選手によって得意、不得意の場所が異なり、ペースの作り方も様々です。並走する選手のペースに惑わされたり、不必要に競ったりせず、自分にとって適切なペースメークを維持することが大切だと思います。

この日の私は体調不良により全身の感覚が鈍麻になっていて、暑さを感じることがありませんでしたが、これまでになく大量の汗をかいていたため、きっとかなりの暑さなのだろうと察しました。そのため、おおむね一合ごとに設置されている給水所では、多少のタイム損失はいとわず、必ず水を摂取しました。
並走する選手は水を摂らない人も多く、給水のたびに差をつけられました。しかし、レースの後半に止まるような状態になる選手を何人も目にしましたので、給水を怠ると致命傷になるのだと思います。

苦手な区間をさほど苦戦せずに突破し、五合目の手前で2回目のジェル(meiji ザバス ピットインエナジージェル、170kcal)摂取を行い、チェックポイントの手前で「21位」と声をかけられました。息は軽く切れる程度でしたが、身体の感覚が鈍いため苦しさを感じました。CATV富士五湖が撮影した映像を後で見ると、実際に苦しそうな表情をしていました。
しかし、五合目の通過は1時間35分50秒で、好調の場合の目標よりも2分あまり遅い程度でした。当初は、走り始めて体調が悪ければ五合目で棄権するプランも頭の隅にありましたが、このまま山頂まで登れると確信を持ちました。

五合目を通過

■五合目から八合目まで

五合目を過ぎて間も無く森林限界に達し、重機で馴らされた緩斜面のザレ場の道となります。ザレ場では、登山者の足跡がたくさんあり足が潜りにくくなっているラインを選んで登っていきました。
また、九十九折りのカーブでは、砂や石がたくさん溜まっている内側を避け、多少大回りしてでも足場の良いラインを選びました。さらに、法面上部のコンクリートで固められている部分も、転落しないように注意しながら、なるべく利用して進みました。
ギリギリ走れるか走れないかという具合の緩斜面の登りが得意な私は、この区間で次々に先行者を追い抜いていきました。数分置きに1人、また1人と追い抜いていき、いよいよ集中力が最大化するゾーンに入ってきました。
しかし、上半身の力を直接使える岩場も本来ならば得意な区間ですが、今回は苦戦しました。レースの半月前に体調を崩したときに、腎機能の低下の影響と思われますが全身の筋肉が硬直した状態が何日も続き、その頃に腰周りの筋肉(広背筋)を痛めてしまったのです。通常ならば先行者を追い抜いていける岩場で、他の選手と並走するにとどまりました。

六合目の給水所では、持参していたクエン酸、アルギニン、シトルリン、オルニチンのタブレットやカプセルを摂取しました。ただし、これはエネルギージェルと違って、お守り程度のものだったかもしれません。
五合目を過ぎると、給水所にペットボトル入りの水は用意されておらず、タンクから持参の容器に水を入れて飲む必要がありますが、私はレース後半も全ての給水所で水を摂取するようにしました。
依然として息は軽く切れる程度でしたが、あまり余裕はなく、私の名前を呼んで応援してくださる人も何人かいましたが、軽く会釈したり、わずかに手を上げたりすることしかできませんでした。まともに反応をすることができませんでしたが、応援は確かに力になりました。ありがとうございました。
さらに有難いことに、登山者の方たちは声をかけなくても道を開け、応援をしてくださいました。しかし、一部のツアーガイドは目が合っても道を開けてくれませんでしたので、注意が必要です。
昨年は新型コロナウイルスの影響で登山者が少なく、走りやすい状況でした。もし新型コロナウイルス流行前と同様の状況に戻るのならば、特に岩場や山小屋の前が混雑しますので、登山者の方たちに声がけすることが大切だと思います。

七合目に達する頃には、気温の低下により発汗量は少なくなりますが、空気の薄さや気圧の低さを感じるようになります。大きく息を吐いたり吸ったりすることが大切だと思いますが、レース中にいきなり意識的にやるのは難しく、また、集中力が欠落することになりかねないので、私は事前にランニング中に大きく呼吸をする練習をしていました。標高が高い場所で、小さくて速い呼吸を繰り返すと、二酸化炭素が十分に排出されなくなり、危険な状態に陥る恐れもあります。
さて、私は八合目の手前で先行する2人の選手に追いつき、その直後に沿道の人から「ここが6位集団」と声をかけられました。つまり、私は8位ということで、想定外の総合入賞争いへの参戦に少し戸惑いました。

■八合目から山頂フィニッシュまで

八合目の給水所の手前で3回目のジェル(meiji ザバス ピットインエナジージェル、170kcal)摂取を行い、特にペースアップをしたわけではありませんでしたが、自然と3人の集団から抜け出すことができて単独6位となり、まさかの総合入賞圏内に入りました。
しかし、この後にミスをしてしまいます。山小屋が数軒連なる場所で、最短距離を進まず、1軒分大回りをして、一度引き離した2人のうちの1人の選手に追いつかれてしまいました。八合目手前からは山小屋が増えてルートが複線化するところもあり、さらに登山者が山小屋の間の道を塞いでいる場合もあり、最短ルートがどこなのか分からなくことが、過去にも何度かありました。

本八合目のチェックポイントを2時間43分半で通過し、この時点で3時間切りはできないことを理解し、総合入賞争いに注力することにしました。斜度が増し始める九合目手前で並走してきた選手がペースアップし、私はわずかに余裕を残した状態で付いていったつもりでしたが、しかし脚は限界に近い状態だったようです。左脚の内側広筋に鋭い痛みが走り、ペースを上げることができなくなってしまいました。
ライバルの背中は少しずつ遠ざかっていきましたが、再度ペースを上げると痛みが出た部位が肉離れを起こしてしまうか、激しく痙攣してしまうような感覚だったため、安全第一で前に進むしかありませんでした。結果的に、九合目から山頂までのラップは、7kgの荷物を背負って登った事前練習の時よりも30秒以上多くかかっていたので、相当遅いペースだったのだと思います。
少し離れたところから人の声がたくさん聞こえ、山頂が近いのだろうと察して間も無く、鳥居を潜り、階段をわずかに登って7位でフィニッシュしました。タイムは3時間5分5秒でした。
総合入賞に1つ届かなかった悔しさは全く無く、上位に入ったという満足感や達成感も一切無く、無事に完走できたという強い安堵感を抱くばかりでした。

フィニッシュ後、久須志神社前にて

■服装・装備

私の服装や装備は次のとおりでした。
●ウエア:DESCENTE ランニングシャツ・パンツ(ソニックエアードライという通気性と速乾性に優れた素材を使用した陸上競技用の製品)
●シューズ:adidas アディゼロ タクミレン ブースト2(陸上競技のスピード練習用シューズ)
●ソックス:itoix 5本指セミロング(和紙を使用した製品)
●ヘルメット:OGK KABUTO フレアー(185gのサイクリング用ヘルメット)
●ウエストバンド:ULTIMATE DIRECTION レースベルト・アドベンチャーポケット
●サングラス
※以下、ウエストバンドに収納したもの
●ジェル:meiji ザバス ピットインエナジージェル(170kcal)×2個(五合目と八合目で摂取)
AJINOMOTO アミノバイタルパーフェクトエネルギー(180kcal)×1個(馬返しで摂取)
●サプリメント:クエン酸、アルギニン、シトルリン、オルニチンのタブレットやカプセル(六合目で摂取)
AJINOMOTO アミノバイタル GOLD 粉末×1袋(フィニッシュ後に摂取)
●薬:芍薬甘草湯×1袋(使用せず)
●防寒着:サイクリング用の軽量・超薄手のウインドブレーカー(下山時に使用)
●お金少々

ヘルメットについては、大会奨励の簡易ヘルメット(ミドリ安全INC-100B)と帽子では、私にとっては暑くて被っていられなかったため、ベンチレーションに優れたサイクリング用のヘルメットをスタート時から装着しました。ただし、合理性を最優先する場合、スタート時には何も装着せず、五合目から大会側が用意するレンタル用の簡易ヘルメット(ミドリ安全INC-100B)を装着するのが最善だと思います。しかし、簡易ヘルメットだけ装着すると(簡易ヘルメットの上に帽子を被らないと)、見栄えが非常に悪いため、それを受け入れるか検討が必要だと思います。

■おわりに

思い出すままに書いたまとまりの無いこの文章が、どなたかの役に立てば嬉しい限りです。
私はしばらくリハビリに励みますが、来年以降、再び挑戦する機会に恵まれれば、再び上位を目指して登山競走に挑戦したいと思います。
まずは、今年の7月28日にこの素晴らしい舞台に立ち、山頂を目指す皆様の健闘を心から祈っています。

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