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「PERFECT DAYS」がとてもよかった


※ネタバレの箇所があちこちにあります

何も起こらない映画

ひと言で言えば、何も劇的な事件が起こらない映画だということ。
元来、この手の映画はあまり好きじゃない。
「2時間近く付き合わされて、何も起こらないとはどういうつもりなんだ」
「物語とはそういうものじゃないはず」
と、思う派。
一度、その類の映画で、何も起こらないなと思いながら粘り強く見ていたら、
唐突にエンドロールが流れ始めて、
思わず「えーーー!」と叫んでしまったことがある。
自宅でDVDを見ていたからよかったものの、
自分でも驚くくらい声を出してしまった。

この映画も、何も起こらない。
ただ、清掃員の男の日常を、それこそ朝起きて布団を畳むシーンから始まって、
歯を磨いて、髭剃ってと、冒頭から淡々と映し出していき、
YouTubeの「モーニングルーティン」みたいなものから始まる。
「しまった、やはりそうか…」と、一瞬後悔の念がよぎる。
ところが、なぜか最後まで飽きずに見ていられた。
なんなら、心も少し揺さぶられ、結構考えさせられもした。
こんな映画は初めてだ。
一体、他の〝何も起こらない系〟と違って何がよかったのだろうか?
一つには、やはり役所広司の高い演技力。
安アパートに住むトイレ清掃員のHIRAYAMAという男にしか見えなかった。
だが、決してそれだけではない。

ヴィム・ヴェンダース監督

〝ヴィム・ヴェンダース〟(←いつも思うのだが、外国人の名前をカタカタ表記するとき、間に「・」は、必ず必要なんだろうか?姓と名の区切りがわからないのならば、半角空ければいいのでは?)

この監督の作品を推すということは、
この監督の作品が好きなんだろうと思われそうだが、決してそうではない。
世界的に有名で、名前は知っている、という程度だ。
80年代に話題になった「ストレンジャー・ザン・パラダイス」
などで知られるジム・ジャームッシュ監督と同じで、
「ヴィム・ヴェンダースの映画好きなんだよ」と言っておけば、
オシャレな映画通と認定される、そういう監督だと捉えていたに過ぎない。
さかのぼって調べてみると、
1984年公開の「パリ、テキサス」を見ていた。
これも音楽が印象に残るオシャレな映画だったと記憶している。
冴えない主人公の中年男が遠い目をしているポスターが印象的で、
そういう意味では、この映画と共通部分がある。

この監督の手腕の一端を感じたのは、
違和感のない日本の光景。
よくある外国人から見た日本で、
若干勘違いのある仕草や風習が一切感じられない。そこに驚いた。
監督名を聞かなければ、日本人監督の作品だと思っただろう。
過去に日本を舞台にした映画を何本か作っているみたいで、日本の理解度が高いということ、そして、ヴィム・ヴェンダースと共に、
「高崎卓馬」という名前が脚本に名を連ねている事がわかった。
CM業界の方で、元々この映画の発端も、東京の美しい公衆トイレのショートムービーを作るという企画から始まったらしい。
映画になるまでの話がご本人の口から語られていて、とても興味深い。

画作りの妙

これといった事件も起こらないのに最後まで飽きずに見れてしまった理由、
その一つは、その画面作りの巧さ。
布団を畳む後ろ姿、アパートの俯瞰、運転席から見上げるスカイツリー、
首都高を走る車、部屋で育てている植物に当たっている照明の色、
そして、トイレ掃除をしているときのドキュメンタリータッチの画面。
どれも、切り取り方が巧いから落ちついて見ていられるのだと、
見ている途中で気づいた。
同じ場面を同じように撮っても、〝画にする力〟がないと、
同じ仕上がりにはならない。
仕事が終わって銭湯のあとに立ち寄る飲み屋も、駅の改札のすぐ隣にあるのだが、すごくいい佇まいの店に見える。実際は、乗降客の喧騒で落ち着かない場所かもしれない。

選曲

劇中で流れる音楽がどれも心地いい。
おそらくヴィム・ヴェンダースによる選曲だろう。
ライ・クーダーの曲が全編を彩る「パリ、テキサス」と同じように、
耳に残る曲が流れる。
正確には、主人公HIRAYAMAが毎日聞いている曲という事になる。
毎朝、仕事へ向かうため車に乗り込むと、日除け部分に挟んだ数本のカセットテープが並んでいて、その日の気分に合った1本を選んで出発する。
こういう類の映画の場合、主人公が敢えて古いレコードに針を落として聞いているみたいなのはよくあるが、カセットテープは意外だった。しかも、車にはカセットデッキが搭載されてるという徹底ぶり。世代的にグッと掴まれた。
HIRAYAMAは、まずテープを半分だけデッキに装着し、スカイツリーを見上げる
地点に差し掛かったところで奥まで差し込み、ようやく音が流れ始める。
早朝の首都高の風景に曲が重なる、何とも憎い演出。
自分もこういう気分を味わおうとサントラを入手しようと探したが、
見当たらなかった。
その代わり、キチンとまとめてあるサイトがあった。ありがたい。


楽しそうに毎日を生きる主人公

背景は一切語られていないが、何となくHIRAYAMAの過去を匂わすような
場面がある。
朝の音楽や、寝る前の文庫本や、木もれ日をフィルムカメラで撮影し、植物をこよなく愛しているところに、それなりの育ちの良さを感じる。
おそらく成功していた人生から一度ドロップアウトした人なのかもしれないと、
なんとなく想像は出来る。

トイレ掃除を生業にしている主人公と聞くと、世間から見捨てられ、周りの人からは虐げられ、絶望の日々を送っている人の話だろうと、まず予測してしまう。
しかし、この映画の主人公は違った。
HIRAYAMAは、実に充実した毎日を過ごしているのが伝わって来る。
仕事へ向かおうと玄関のドアを開け、空を見上げて、微笑む。
次に駐車場の自販機でカフェオレを買って車に乗り込み、
先述したカセットテープを仕込むのだが、
この時の、とても楽しそうな顔が何とも言えない。
気づかされるのは、これは昔の話ではないということ。
SNSでの発信に神経質にならざるを得ない昨今、
全くネットに触れずに生きているHIRAYAMAもまた、
2024年の東京で生きている。
そこに、改めて驚く。

この映画のキャッチコピーには、
「こんなふうに、生きていけたなら」とある。
しかし、これは決して
「こういう風に生きましょう」
と、言ってる訳ではない。
「こういう生き方をしている人もいます」
と紹介しているだけ。
で、「あなたは、どうしますか?」と、問いかけられている。
自分としては、この映画の方が
「君たちはどう生きる?」
を、突きつけられた。



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