見出し画像

ただひたすら歩くだけ②(高麗川→飯能→所沢)

※この記事は「②飯能→所沢」です※
「①高麗川→飯能」はこちら:https://note.com/ha1ka1/n/n66c33f58bdba

西武池袋線区間(飯能→所沢)

飯能駅近くにある某牛丼屋でお腹を満たしてから後半戦を開始させる。ちょうど太陽が真上を通り過ぎて沈む態勢に入ったころだ。
ここからはJR八高線から西武池袋線方面へと針路を切りかえる。このまま最短ルートで所沢駅まで行ってもつまらないと思ったことから、各駅にチェックポイントを設定した。当然歩く距離も数km増えたわけだが、陽が沈むまでには着けるはずなので、まったく心配していない。

せっかくなので南口にも立ち寄り

駅周辺のにぎやかな雰囲気から少しだけ落ち着きを見せている住宅街へと歩を進めると、すぐに「飯能短絡線」の予定地が出てくる。ここはおそらく永遠の予定地となるだろうが、秩父方面のアクセスおよび利便の確保という意味で短絡線を設置しようとした過去がある。池袋駅から西武特急「ラビュー」に乗車すると、途中の飯能駅で方向転換をしなければならず、その煩わしさを解消しようとしたのも理由の一つだ。しかしながら、作っても数分程度の短縮にしかならず、競合相手もいないことから今のような状態になっている。「ムーミンバレーパーク」が飯能に開業した今となっては、さらに作る機運が失われ無に等しい。そんな短絡線予定地を私は気づかずに通り過ぎた。目が節穴である。
そこからまたすぐに見どころが登場。JR八高線が現れて並行に進む。やはりここでも列車を見ることはなく、西武線との交点でおさらばだ。その後は住宅街の狭い路地をウネウネと十数分歩けば、元加治駅に到着する。

元加治駅

つぎの仏子駅までは距離は短く、入間川を渡ればすぐについてしまう。
ルート上から西武線の入間川橋梁が2つ見えるが、手前にあるのが古い橋である。現在の橋に架け替えられてからもなお、この部分と仏子駅からのアプローチ部分は西武鉄道の私有地となっている。

「上橋」から西武線旧入間川橋梁をのぞむ(橋げたが重なっているが奥に現在の橋梁がある)
仏子駅 西武線らしい駅舎

つぎは入間市駅。このあたりは西武線の左と右の差に着目してみることとする。左側は入間川がゆうゆうと流れており、その周辺に宅地が造成されている。いっぽう右側に関しては雑木林が広がっており、宅地は少ない。宅地が少ないといっても、ニュータウンが形成されている場所もあるので、わざと宅地にしないと推測している。このあたりは加治丘陵と呼ぶそうだが、狭山丘陵の「トトロの森」と同じように自然を残している取組を進めているのかもしれない。現地を歩いたときにはこれ以上のことは分からなかったので、また足を運んでじっくりと踏査すべきである。
そんなことを考えているうちに入間市街に入る。そのきっかけとなるのが、国道16号と463号の交点だ。今後、国道16号を徒歩で踏破しようと企てているのでまた通ることだろう。そんな思いを抱いて通り過ぎたのを記憶している(なお4年の月日が経過)。

入間市駅 日射病予防のために一時休憩

10分ぐらい駅で休憩をして引き続き所沢駅へ向かう。入間市駅と稲荷山公園駅付近には航空自衛隊の入間基地が展開しているために、市井の人々が通れる道は基地の外周に限られる。西武線は基地内を突っ切っているため、最短ルートで到達できるが、それ以外の手段を使う人はそういうわけにはいかない。そのような訳があり、わざわざ稲荷山公園駅へ向かうルートを選定せざるを得なかった。なるべく同じ道は通るまいという謎ルールを設けているので少し悔しい思いはあるが、それはどうでもいいことだろう。

稲荷山公園駅構内にある「ポプラ」

稲荷山公園駅から武蔵藤沢駅まではかなりの距離があり、街の景色の移り変わりが楽しめるところだ。基地の南端まで出ると国道463号線と合流。その国道沿いにあるのが元米軍住居の土地だった「ジョンソンタウン」であり、数分ながらも異国情緒を嗜めた。その後は所沢駅に到着するまでずっとベッドタウンの様相を呈し、飽きて気力が落ちないように無心になってひたすら歩いてた記憶がある。住宅街の入り組んだ道をずっと歩くにもかかわらず、無心になって歩いていると、道を間違えるという災難にぶちあたる。今回は武蔵藤沢から西所沢までに数回もやらかしたので、非常に反省しているが後悔はしていない。しかし住民からは不審者として認識されていたに違いない。

武蔵藤沢駅
狭山ヶ丘駅

そんなこんなで何も考えずに歩いていたら、西武線の車両基地が見えてきた。小手指駅の手前までやってきた証拠である。当時はまだ希少種であった西武40000系が鎮座しているのを見て「おっ!」となった。

歩道が狭く橋の上からは撮れなかった
小手指駅

小手指駅に着けば、所沢まではあっという間だ。線路に沿って、時たま東川と時間を共にする。そうしたら、すぐに西所沢駅に到着。

西所沢駅

西所沢駅を出ると、所沢駅まではほぼ直線上のルートを採用した。西武線はぐるーっと弧を描くように駅へと吸い込まれていく。それに追随しようとも考えたが、ややこしくなりそうな予感がしたため不採用とした。

所沢駅

基本的には住宅街しかないが、申し訳程度に茶畑も存在する。所沢まで茶の栽培がおこなわれているとはこのときまで知らなかった。徒歩で街歩きをするとこのような突発的な発見があるので病みつきになってしまう。
最後の最後でおもしろいものを見つけて大満足な気持ちで締めくくりを迎え、夕方と言ってもいい16時前にゴールの所沢駅に足を踏み入れた。
何も課されているものはないので、当然ながら商品・賞金といったものもなく、達成感といったものもまったくない。しかし、なぜかわからないがまたやりたくなってしまうのが困るところである。完全に中毒者と化してしまった。
所沢駅からは西武線で帰途についたのだが、下半身が変な感じになった。気持ち悪い気分だが、歩き通した勲章でもあるから、この症状が消失するまでは大事にかみしめておこうと思っていたのであった。

むすびに

noteに書く初めての記事として、街歩きを採用してみました。コロナ禍に見舞われてからはさらに行う頻度を増やしていますが、年を重ねるにつれて身体の不調が出始めてくる日がありますので、気遣いながらやっていこうと思っている次第です。
次の記事は「西武池袋線全線歩いてみた!」とかやりたいですが、無難に鉄道旅行記にでもしておきます。
ここまでご覧いただき誠にありがとうございました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?