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とりあえず自己紹介でも

本文に行く前に自己紹介をしておきます。
自分は1973年生まれの満50歳です。
同い年だと野球のイチローさんや俳優の堺雅人さん、実業家の藤田晋さんなんかがいます。
日本海側の地方都市で生まれ、高校までは地元で過ごしました。
大学進学で関東に出てきてからは、地元に戻る事なく東日本で過ごしています。

大学卒業時の就職活動はいわゆる「就職氷河期」でかなり苦労しましたが、
一部上場企業から内定をもらい、営業として仕事してきました。
転勤もあり、都会から地方の暮らしも経験しました。
残念ながら西日本には縁がなかったようで、住んだ事はありません。

自分で言うのもなんですが、子供の頃はそこそこ優秀だった思います。
小学校では学級委員を毎年やっていて、成績も5段階評価で3を取る事はほぼなかったと記憶しています。
学級ヒエラルキーで言うと上位カーストにいたんではないでしょうか?
その当時はヒエラルキーなんて言葉はなかったですけどね。

そんな天狗になってる子供が最初の挫折を味わったのは中学1年一学期の期末テスト。
なんと数学で20点台と言う、下から数えたほうが早い成績を取ってしまいました。
そう、いわゆる「地頭が良い子」だったようで、小学校の時は地頭でなんとか優秀でいられたんですね。
自分が決して勉強が出来るタイプではないことを思い知らされました。

幸いにも他の教科は数学ほど悪くはなく(それでも真ん中ぐらい)でしたが、数学の苦手さはなかなか克服出来ず低迷していました。
それを変えてくれたのが2年生で数学を担当してくれたA先生です。
A先生は髪が薄くてバーコード、ベルトの上に大きなお腹が乗ってるような典型的なオジサン先生でしたが、教え方が何より上手かった!
この先生のおかげで数学が面白いと思うようになり、全体の成績も真ん中より上に来れるようになりました。
今思っても感謝しかないですね。
やっぱり先生ってとても大事!
当たり外れがあってはいけないことなんでしょうけど、当たりの先生に出会うだけで勉強の楽しさが段違いになることを体験できた中学時代でした。

順調そうに見えた中学時代でしたが、高校受験で2回目の挫折を味わうことになります。

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