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時間を運ぶワゴン

階段を見上げる。ちょうど男性客が店のドアを開けようとしている。私も階段を上り、男性に続いて店に入る。

男性客は、ソファーに座りテーブル席に。私はカウンター席に座る。年末の挨拶を店主と交わし、店主はテーブル席の男性に水を持っていく。店主がカウンターに戻るのを確認し、ブレンドコーヒーをオーダーした。先ほどの男性客は、常連客の様でオーダーを聞かずに、店主がコーヒーの準備に取り掛かった。

目の前のコーヒーミルを見向きもせず、豆を手にとり、男性客のテーブルまで運ぶ。店主の姿がクリスマスツリーの裏に隠れたか。かと思うと、「ん?」…。ワゴンとともに店主が出てきた。ワゴンには、湯沸かしケトルと別のコーヒーミル、抽出器具一式が置かれている。ワゴンがテーブルまで運ばれると、おもむろにミルに豆を投入し、男性の目の前で挽き始める。そして、抽出が始まった。

その姿に驚きながら、少しBGMに耳を傾けてみる。管弦楽で奏でられるクラシック音楽だ。音楽の途中、「カチっ」と音がした。カウンター側の湯沸かしケトルのスイッチが切れる音だ。いつのまに、スイッチを押していたのだろうか?

店主は抽出の合間に男性と会話を交わし、カウンターに戻ってきた。豆を挽き、今度は私の目の前で抽出が始まる。ちょうど、沸いたばかりのお湯だった。

喫茶ブームの頃。喫茶店でも欧州式ワゴンサービスがちらほら見られた。その頃のワゴンの役目は、食べ物やコーヒー(液体)の入ったポットをお客様のいるテーブルまで運ぶ「効率」が主な目的で、店員がお客様の目の前で、ポットのコーヒーを注ぐ。そんな印象だった。

しかし、ときにワゴンが「時間」を運ぶ。
カウンターじゃなくても、目の前で抽出できるし、何よりも、抽出している間に、テーブル席のお客様と会話もできる。そんな光景を反芻しながら
、口に含んだコーヒーは、重厚感のある苦味ベースで、同時に甘味も口一杯に広がる風味だった。

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