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郡山周遊紀行


第9章 月までよりは近い距離



22:05

全ての演目も終わり
演者たちも一息ついた様子。

その時は、急に来た。

酒は1杯しか飲んでいなかった。
本当なら2杯、3杯とやるところだが
今回はそうもいかず。

いや、酒云々ではなく。

1度に大量の多幸感と
安堵を含む音楽の摂取は
疲労を知覚させるのに十分であった。

身体のあちこちから悲鳴があがる。
中でも強いのは両肩。
リュックを担いでいたからか。
そこからの繋がりで首。
20キロ徘徊した積み重ねは
頭痛まで呼び寄せている。

「俺の疲れがpeak actionか」

などと言ってはみたものの
どうやらあまり余裕もないらしい。

ふむ。。よくないな。。

というか、時間はどうか。
時刻は22時を回り、まもなく定刻
「もうちょい酒飲みたかったな」
「いや今回は元から無理ですからね」
脳内で小さく嫌な問答を繰り返す。

ほどなくして、スマホからアラームの振動。


さぁ、帰る時間だ。


「そろそろご無礼しますよ」
と、席を立ち、皆と握手を交わす。

「遠くからありがとう」
「また来てください」
「福島遠いですけど」
など声をかけていただいた。

こう返す。
「なんのなんの、楽しかったです」
「600キロもない距離です。また来ますよ」
「月よりは近いですから」

ちなみに、月までの距離は約384,400キロ。
人が比較に出していい距離ではない。
比べたら、だいたい近いだろってなるからね。

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良い夜のひとときは
本当にひとときであった。
心の内に寂しさが顔を出す。

ライブハウスの扉を開け、階段を上ると
小形さんと甲斐さんが一緒に出てきてくれた。
見送りをしてくれるようだ。ありがたい。

改めて、今日来れたことの幸運と
ライブを開催してくれたことの感謝を伝える。


普段、演者さんと撮影はしないけれど
今回は記念に撮らせてもらった、表情筋堅すぎマン

別れ際、小形さんと短くハグをする。

「じゃあ、またね、元気で」

背中を軽くポンポンとたたく。


甲斐さんとも、短くハグをする。

「今日は本当、来られてよかった」

背中を軽くポンポンとたたく。

私は平均より身長が低い。
比べてしまえば、2人ともかなりデカい。
ハグすると、まるでデカい猛獣に
襲われたような感じになる。

ヒグマドンか?
いや、ヒグマドンはねぇか。

甲斐さんはハグの後で
「あぁ!“はぐぱぱ”ってそういう…!」
彼の中で、何か合点がいったようだが…
あ~、えぇと、たぶん、違うと思う。
けど、う~ん…まあ、いいか!
一瞬どうしようかなと迷ったけど
名前の由来を説明する時間がなかったので
ウンウンと優しげに頷くと
体を駅の方へ向きやった。

「じゃあまた!駅こっちだよねっ!あはは!」と、笑いつつ大きく手を振って2人を見やる。

新しい景色がここにも。

2人は逆光で、けれども確かに笑っている。

駅方面に顔を向け、跳ねるように駆ける。
ライブハウスの方を振り返ったりはしない。

心の隅から顔を出した寂しさが駄々を捏ねて
きっと見送る顔を振り切れなくなるから。


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22:14
3度、郡山駅

帰路のスタート地点にもなった郡山駅
果たして無事に、帰ることができるのだろうか

ライブハウスからゆっくり歩いたとしても
ものの数分で郡山駅へ到着する。
やはり旅行者にとっては大変に優しい距離。
近くてありがたい立地だなぁ。

新幹線のホームは、駅舎の3階。
もっとも、高さから言えば
普通の建物の4階ぐらいの位置だろうか。
長い目のエスカレーターを登る。

ホーム階に人はまばらである。
東京までの新幹線は最終の1本を残すのみ。
自由席は進行方向の前の方。1号車から3号車。


駅のホームで温かいお茶を買う。
酔いは、ほぼない。
酒は1杯だけだったし。当たり前か。

東京まではすぐだろう。
名古屋までもきっと。


チャイムがなる。

アナウンスが流れ
美しい色の車両が滑り込んでくる
やまびこ 74号 郡山-東京間 最終便


搭乗。

バイバイ、東北。

ありがと、福島。

また来るね、郡山。


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22:25
列車は走り出す。
席につき、ふぅと息を吐く。
車内は暖房が効いていたが、快適な室温だ。

1日中歩いていたが、足に疲労感はほぼない。
少なくとも、昨年の別府ほどではない。
なにしろ別府では、3日間歩き詰めだった。

それより上半身と頭だ。疲労痛、だよなぁ。
例えば、このまま眠ったとして
果たしてどれだけ、体力は回復する?
多分、消費が多い分、あんまり回復しない。
エネルギーが、全然足りていないからだ。

よし。なんか食おう。
おあつらえ向きのものがあるじゃあないか。
「頭痛には甘いものがいい」と
昔、誰かが言ってた気もする。
お茶もあるし。早速「お土産」をいただこう。

ガサガサと袋から取り出して並べる

素晴らしいラインナップ

・会津 太郎いも

・会津チーズ饅頭 Quichee(くいっちい)

・御國銘菓 会津の天神さま 贅沢濃厚チョコ


う~ん。と、迷うよりも先に
「いもが食いたいよ、いも~」
という、心と体の声に従い
「太郎いも」を選択する。

一口齧る。濃厚で旨い。
お茶とよく合う。もう一口。
小さいのに意外とヘビーな噛み応え。
腹持ちもよさそう。
何より甘味が疲れを解きほぐしていく…。

1個で大満足してしまった。
残りの銘菓は、あとの楽しみとしよう。

夜の車窓を眺める。
頭痛はスーッ和らいでいく。
ふぅ、助かったなぁ。甘いものは偉大だ。


西の地平にオレンジ色の半円が見える。

一緒に旅ができて楽しかったかい?

月だけが赤ら顔


スマホに目を落とす。
写真もいろいろ撮ったなぁ…。
全然「なにもない」こと…なかったよ。

楽しい旅だった…まだ終わってないけど…。


ああ、そうだ。言葉を拾わないと…。


猛スピードで夜を裂いて進む、新幹線の中。
蝸牛のような緩やかさで、しかし、軽やかに。
また、記憶の景色を歩き始める。




つづく



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