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世界でいちばん好きな女の子

最近、ずっと行きたかった高円寺の喫茶店にやっと行けた。
いざ行こうとすると中々億劫な物で、結果としては行けて良かった。

静寂も、中々選ぶものでふと寝落ちしてしまいそうなギリギリの淵を求めている。

「おまえ、本当にバカだなぁ」
そう、同期に笑われた時本当に久し振りに本を読もうと思ったのかもしれない。

アール座読書館は聞いていた通り本当に居心地の良い静けさで、独特の空気を纏っていた。
子供の頃の感覚、それから少女期、思春期に至るまでの瑞々しい心の動きは歳を重ねるごとに薄い皮膜を被り、鈍くなっていくが、ふとした瞬間、偶然のように境目から溢れ出すことがあるのだと気が付く貴重な瞬間であった。
潤いは、本当に潤った時にだけ気が付くのだと思い出した。

写真 @yukihiro_n

恋や、友情や、食べ物の味、まだ知らない世界の話、それこそ女子高生のスカートを翻した生意気に滲む反抗心もすべて、全部本の中で知った。
それでもやはり、自分のことは本の虫とも、まして文学少女だとは微塵も思った事がない。
もっと幅広い人は無限に存在するし、私に語れることはひとつだって無いし、自分のルーツを指で辿れば赤面するほどモロに影響を受けている。恥ずかしい程、実はオリジナリティなどひとつだって無いのだ。

感性はすべて本の中で学んだ。
心を複雑に巡る疼き、表層、痛み、言葉にできない絶妙なものの運びを私が好きな物書き達は、それこそ命を削るように、身を粉にするように煮詰め、限界ギリギリの芯まで削り、何とかして何とかして言葉に落とし込んでいっていた。

少し図に乗った時、彼ら彼女らの魂の一部を切り取ったような文章を読むと、やはりひとつも敵わない、と清々しい程、腑に落ちるのだ。

受験生だった頃、それか恐らく受験が終わった時、あと少しで寮生活となる為、親元を離れる最後の冬に暇を持て余した私はブックオフに足繁く通っていた。
その時だった、偶然見つけた綿矢りさの『ひらいて』という本が、あの日から私の世界の不動の一番に輝いた。

映画『ひらいて』より


最近、映画化までした小説『ひらいて』のあらすじをさらっと説明すると、主人公である高校3年生の愛が同じクラスのたとえ、という男子生徒に恋するも実らず、たとえの彼女の美雪にまで手をかけ、縺れていく話である。

愛という女の子は至極覚めていて、真っ当で容量が良く、つめたく薄らと世界を見下している。
欲が強く、自信家でプライドの確立した気をしっかり持った女の子だ。
それなのに、それと同じぐらい弱い。
この強さと弱さのアンバランスさに、一見矛盾した正反対さに違和感を覚える人はきっと多い。
しかし、すべてが彼女なのだ。
一つ欠けては決して成り立つことの無い、我儘で覚めていて誰よりも弱く、強い意志と執着に身を滅ぼしては救われている、世界一人間らしくて最低で、憎めない女の子。

彼女は、恋心の凶暴さを丁寧な言葉の五感を使って肌に染み付くまで丁寧に、舐るように教えてくれた。
私の中の美学を、私の思う魔性性を全て固めて歪ませてくれた。
射るような目、スラリと伸びた身長の高い背格好、黒に伸びた細長い髪の毛、手首の内側に香るコットンキャンディーの香り、微細に計算され尽くしたさくらんぼ色に光る唇。
あんな破天荒で計算高い強かなヒロイン、見た事がなかった。

10代の頃に出会う禁書はその後の運命を決める。
簡単にねじ曲げられ、価値観を一切に定められてしまう、その引力。

私は愛に、その自分勝手さに、そんでもって不器用でどこか暗く歪んだ愛し方にひどくひどく惹かれた。
そのキラめきの破片はあの日から7年、今もまだこの胸にぼうっと光り続ける、魔力。
無茶苦茶で突き動かされるままに動く女の子。
冷静沈着で嘘が染み付いた、それなのに毒を食らわば皿まで。どこまでも徹底して狂える女の子。
強欲で我儘で、いじらしく憎めない女の子。
私は愛が好きだ。
きっとこの話を読んだ人の大半は、愛の突拍子の無さに、振られた男の腹いせにその彼女を寝取る愛の強引さに腹を立て、共感できないだろう。
然し、下手したらどの登場人物よりも愚鈍に真っ直ぐに、時に暴力的にまで愛情を持ったちぐばさがどうしても、どうしてもずっと好きだ。
私が愛に近付いているのか、それとも最初から共感出来る感性なのかは分からない。

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