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口腔がん

もう、あれから二週間経つだろうか。
母から笑顔で「口腔癌になった」と告げられた。


母が癌であることが、信じられなかった。


母のがん症状が出始めたのは、おそらく3、4ヶ月前からだった。


謎の食欲不振、けれど何か食べなければ具合悪くなる。お米や麦を食べるとさらに具合悪さが加速する。
母の顔はこけ、体重は一気に5キロ減った。


最初、母は糖尿病を疑っていた。


実際病院へ行ってみると、糖尿病ではなく、胃潰瘍だった。腫瘍があったがそれは良性だった。


じゃ、5キロ減ったのも納得いくねと、みんなで話した。
食事を野菜中心に変えた。これでよくなるだろうと思っていたのに。
ただ、食べる量が増えようと、母の体重は増えることはなかった。



それから、ピロリ菌除去の治療が始まった。
多くの抗生剤を飲み、母が2年ほど悩んでいた歯槽膿漏が良くなったそうで、「これで歯抜かなくて済む!」と喜んでた。


けれど、それが終わった途端、なぜか歯茎は腫れ出した。


口腔がんで、歯茎が腫れることは、まずない。


しかし、腫れはひくどころか、母のほうれん線をなくし、目の下まで腫れた。


おばの勤める病院で、2度、脂肪採取をするため歯茎を切った。
腫れていた場所は骨を溶かし空洞。腫れていた原因は、膿ではなかった。


今までにない症例らしい。
けれど、その脂肪採取で、口腔がんであることがわかったという。


口腔がんと告げた母は、いつも通りの笑顔で、明るい声で

「ほんと腫れてくれてよかった。おかげで早く見つかった」


それから、母は癌になったおかげで、やりたいことが増えたと弾んだ声で言う。


私の妹は、おしゃれの一環で坊主にしている。


ずっと、妹がかっこよく見えていた母は、抗がん剤治療で、ようやく妹とお揃いにできることを喜んだ。


さらに、時間がこれから増えるから、妹から化粧を習うんだと話す。


その話が悲しく聞こえた。
母はまず嘘をつけない。明るく装うためでなく、本音の話だった。
けれど、無理してるようにも聞こえた。

「お医者さんは治るから大丈夫って言ってくれたから、大丈夫」


そう話した後で、

「けれどね、生きていく覚悟も、死ぬ覚悟もできてる」


お母さん。わがままだけど、お願いだから、私の子供がいつか産まれて、その子が大学に入って、結婚をする日まで。欲を言えばそれ以上、生きていてほしい。


母の笑顔は、私の人生を太陽のように明るくする。


ガンはきっと治る。


生きて、またみんなでお寿司食べに行こう。夏になったら海に行って、焼肉をしよう。


ママに、モネのウォータール橋の日の出のポストカードを早く渡したいなぁ。

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