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1人旅は好きだけど逆に疲れるけど結局好き

人の多いところで毎日暮らしていると、さもそれがストレスの要因かのように感じてきて、無性に自然に囲まれたくなる。ただぼーっと何時間もカラマツの並木を眺めていたいし、夕日が沈んでから星が出るまではどんな空になるのかを観察していたい。
そうしたら多分、今の自分の悩みなんてちっぽけに感じるし、なにより一人でデトックスする時間って大切だよなあ。

そう思って「いま、八ケ岳が私を呼んでいる」という妄想を本当ということにして、気付けば楽天トラベルで2泊3日の予約をしていた。

八ケ岳に行くのは二度目で、前回は夏だったから、もくもくの雲ともさもさのカラマツと、芝生に寝ると耳元でぶんぶん飛ぶ虫の印象が強かった。宿泊したロッヂが最高で、またあんな感じで寝ころんで本でも読めればな~と思っていた。
前回は友達がいたけど、今回は一人。前回のロッヂではなく、もう少しファミリー向けっぽいところ。

一人旅は、当たり前だけど全部がひとり。予約をしても、誰と待ち合わせるわけでもないから、自分で何時までに特急に乗って、その前にお腹すくだろうからご飯をどこかで買って、コーヒーも買いたいけど両手がふさがったら荷物持てないからどんな格好で行こうかとか、予約した途端にめんどくさくなってきたとか、全部自分でぐるぐる考える羽目になる。
特急は2、3時間あって暇だろうから本を持って行こうか、でも他にちょっとやりたい作業もあるからiPadも持って行こうか、窓側の席をとったから、通路側に人が座ったらトイレに行きづらいから、コーヒーはやめておこうか…

何かを決めたとたんに、それに関する「気になりごと」が頭を埋め尽くし始めるのが癖で、決めたとたんに後悔することもよくある。
あ~やめちゃおっかなあ。それも、一人旅ならできてしまいかねない。今からホテルに謝罪の電話をしたらどうにかなるかなあ、いやだめだ、そんなのは迷惑がかかる。それに、行くって決めたんだ、たまには勢いも大事にしないと。

そんなこんなで結局、まだ外は肌寒いっていうのに大汗をかいて、たった2泊なのに大きなトランクを引きずって、片手にグミと水が入った袋、片手にパンとコーヒーが入った袋を持ったこびとが急行に乗り込んだ。
おしゃれなパン屋で聞いたことの無い名前のパンを頼むだけで冷汗が出た。

旅行の醍醐味は移動で、新幹線にしても飛行機にしても、音楽を聴きながら窓の外を眺めながらコーヒーを飲むと、さも自分が優雅な大人に感じられるから、結構重大な時間でもある。ありがたいことに今回は行きも帰りも隣には誰も座らず、隣に人が座った瞬間に片側の毛穴だけ粟立つみたいなタイプのこびとには非常に助かった。
私がトイレに行くために相手にテーブルをしまわせるくらいなら、自分が通路側に座っていちいち立ってあげるほうがマシだけど、窓側の人がトイレに行きたいかどうか気になって眠れないくらいなら、窓側に座って自分が勇気を出して声をかける側に回ったほうが良い説もある。
こんなこと、友達かなんかと一緒に居ればいちいち考えなくて済むけど、一人だと好きなだけ考えられてしまうからよくない。

4月の八ヶ岳は、すんと静かだった。よく考えればわかったことだけど、4月は夏ではないので、雲はあんまりもくもくしてないし、カラマツはシンプルな感じになってるし、虫もぶんぶんしてない。昼は涼しくて過ごしやすく、夜は普通に寒い。風が強くて、吹くたびにカラマツがカサカサ鳴っておもしろい。

時期的な問題もあるのか、ホテルのロビーも静かで、おそらく4月に入社したてであろう若いおねえさんが受付をしてくれた。おねえさんが緊張していないか、始めたての仕事が大変で病んじゃってないか、「こいつ一人で何しに来たんだ」と思われてないか、とかばかりが気になって、せっかく説明してくれた朝食の話やら自販機の場所やらの説明をあまり聞いてなかった。
初対面の相手のあることないことを妄想して、話の中身をあまり聞いていないというのもよくやる癖で、友達が居るとあまりやる暇がないのだけど、一人だと妄想し放題。ちゃんと「ありがとうございます」って言ったっけ。

一人旅は、誰かとする旅よりも頭のなかがうるさくて、都会より人が少ないはずのところでは、余計に人のことが気になる。結局都会は、人が多すぎて誰も自分のことなんか見ていないのが心地よくて、人より自然が多いみたいなところでは自分の存在が周りに認識されてしまう(認識されているように過剰に意識してしまう)ので落ち着かない。
受付の人でもなんでも、フランクに話しかけて雑談でもしてみれば良いのに。深刻そうな顔で「一人旅してる大人ですがなにか」みたいな顔をしながら、内心「一人で星観に行ってもクマに襲われないか教えてください」と怯えながら、結局何も言えずただ深刻そうな顔をしているだけの人になっている。

部屋に置いてある、ホテルの説明用バインダーみたいなやつを隅から隅まで読むのが好きなので、きっとたぶんちゃんと聞いてなくても大丈夫だろうと思いながら部屋に着くと、ただここまで来ただけなのに急激な疲れが襲ってきて眠たくなった。
30分だけ寝よっかなと、ホテルだし良いかと思って外着のままベッドに寝ころんでアラームをかける。このあと何しよう、行こうとしていたレストランやってないみたいだけど何食べよう、今日はすごく晴れてるけど明日は曇りみたいだから絶対今日星を見に行くべきだよなあ。充電したいけどベッドとコンセントの距離が遠いな。そうこうしているうちにアラームが鳴る。
全く寝れなかった。
昼寝をしようしようと思って起きようとしていた時間を過ぎることはよくあるので、とりあえず夕方までバインダーを隅から隅まで読んでおいた。

結局あのあとわけのわからない時間に寝てしまい、0時に起きた。電気も点けないままだったから真っ暗で、一瞬異界で起きてしまったのかとびっくりした。そういえば私は八ヶ岳に来たんだった。

持っている服を全部着こんでロビーに降りてみると、当たり前だけど誰も居ない。真っ暗なロビーで懐中電灯を拝借して(ちゃんと使って良いやつ)外に出てみることにした。(一応24時間外に出れるって言っていた気がする)
あまりに人の気配がないので、イヤホンをつけていつものゲーム実況を聞いて気を紛らわせていないと怖い。都会じゃなかなかない、しんとした夜の感じを楽しみたかったけど、それどころではなかった。真っ暗闇と両耳で聞こえる元気な絶叫の組み合わせのなか、唯一の頼りの懐中電灯をぶん回す。

怖いのでホテルのすぐ近くで一旦立ち止まって懐中電灯を消して、上を見てみる。
とってもきれいだった。

急いでゲーム実況を止めて、藤井風の「満ちてゆく」を流し始める。この瞬間にほんとぎりぎり、「怖い」より「きれい」が勝って、危なかったなあと思った。
自分の悩みがちっぽけに感じるどころか、いつまでもちっぽけな悩みをしている自分と空の対比があまりにも激しくて、今ここが夢の中のような気がしてならなかった。本当はさっき起きてなくて、変な時間に寝ちゃったまま今もまだ夢の中なんじゃないだろうか。
妄想が始まるとまた「怖い」が勝ってきたので、またゲーム実況に戻してそそくさと部屋に帰る。スマホを開いたら現実的な仕事の連絡が入っていて、こんなこと普段ならありえないのにすごく安心した。これはどうやら現実っぽい。

3日目の朝目覚めた時、これ以上ここに居たら自然の一部に取り込まれてしまうような気がして焦って荷造りをした。
普段の生活に当たり前にある面倒な仕事とか、嫌な感じの人とか、友達とか、家とか。それが無くなると「自分」もぽっかり無くなってしまうような感じがした。
荷物を持って下に降りると、他に泊まっていたであろうファミリーが何組かいて、子どもがソファで寝そべりながら「なんだか1週間も居たような気がするよ~」と言っていて心の中で激しく頷いた。

とにかく色んな意味で夢心地な3日間だったけど、お会計でカードの暗証番号打っているあたりで、なにが「自然に取り込まれる」だ。私って人間だから、これ月末に支払うんじゃんかね…と謎に落ち込んだ。

初日にもいたおねえさんにしっかり「ありがとうございます」と言えて満足したので元気にチェックアウトをした。

おわり


(本当はもっといろいろ自然の良さとかを書きたかったのに、関係ないこと書いてたら長くなり過ぎてびっくりしたので全部端折りました。なみだ)

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