でも変わらないでいいよ

(初出2016年)

 私はあなたのことが嫌い。
 そう言って、彼が悲しそうに下を向くのを見つめている。そうやってすぐに悲しそうにするところが嫌い。どうしてあなたは私の言葉一つでそれほど悲しくなれるの? 私はあなたが一番じゃないの。あなたが冷たいことを言ったら悲しい気持ちになるけれど、何も手につかなくなるなんてことはないの。でもあなたは違うでしょう。私のために傷ついて、私のために何もできなくなってしまうでしょう。そういうところが、私は大嫌い。私はあなたの好きに見合わない。あなたの好きが重いよ。ごめんね。あなたの好きが耐えられないの。
 私はあなたのことが嫌い。
 私がおはようとメールを返すのを待っているのが嫌い。私がおやすみと言うまで寝ないところが嫌い。私のことを思ってくれるところが嫌い。私のことは私一人で考えさせてくれないかな。あなたにとって私はかけがいのない存在かもしれないけれど、私にとってあなたはかけがいのない存在ではないの。あなたは人生よりも私が大事だって言うけれど、私は人生のほうが大事。あなたと一緒になりたくない。ねぇ、私はあなたのことが嫌いなの。
 私はあなたのことが嫌い。
 何を言っても好意的に解釈しようとするところが嫌い。寂しがり屋なところが嫌い。甘えたがりなところが嫌い。尽くそうとするところが嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。
「そういうことになるっていうことは、僕は最初から分かっていたんだ」
「じゃあどうして付き合おうだなんて言ったの。ねぇどうして」
「君とすれ違うたびに、僕たちが互いに求めていることは違うって分かっていたんだ。君に僕なんていらなかったのさ」
「うん」
「でもね、でも、僕も同じくらい君のことが嫌いだったんだ。嫌いだったんだよ。数えきれないくらい、抱えきれないくらい、僕は君のことが嫌いだったんだ。僕も嫌いだったんだ。とても、すごく。どうしようもないくらいに、嫌いだったんだ。だからもっと嫌いになりたかった」
「そうだったんだ」
 私たちは互いに微笑みあった。彼は優しく笑った。タンポポの綿毛を撫でるような笑みだった。それに比べて、私はこんな時でさえぎこちない笑いだった。下手くそだよね。でもあなたはそんなことも気にしないで、かわいいだなんて言ってたね。そんなところも嫌い。
「かわいいよ」
「そんなことないよ」
「かわいい。かわいいんだ。そのかわいさだけは否定しないでほしい。あなたのかわいさがなかったことにしないでほしい」
「うん」
「かわいいよ」
「わかった」
 再び私たちは微笑みあった。私は耳を赤くした。彼は一瞬目の中が空っぽになった後に、またさっきみたいに笑った。無邪気な子供のように。でも一瞬目の中が空っぽになったことは、前から知っていた。彼はたまにそんな目をしている。
「もういいでしょう」
「もういいよ。ありがとうね」
「こちらこそ」
 時はただ過ぎるだけである。一人ひとりの喜びや悲しみなど見えはしない。痛みも悲しみもそのままにして、我儘に時は走って行ってしまう。
 返信をためらうほどに苦しくてだけどあなたはどこか遠くへ。心からスルリと落ちてく恋の音があなたの未来を照らしますように。本音はねどこかに行っちゃうあなたなんか死ねばいいのになんて思うよ。

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