サンビタリア

 拝啓 父上 母上 夏というものは、もはや六月も八月も変わりません。須くクソ暑いという他ありませんが、いかがお過ごしでしょうか。私は、部屋のエアコンが壊れた為、ここに不快極まれりといったクソ暑い日々を過ごしています。

 さて、畏まるような用事ではないのですが、一つ聞いてほしいことがあります。人の縁についてです。
 三浦綾子という小説家を覚えていらっしゃるでしょうか。笑点の由来にもなった氷点を書いた、あの三浦綾子です。本題に入る前に、彼女の幼なじみである前川さんの話をさせてください。昭和23年、綾子は肺結核の療養の為、結核療養所にいました。しかし、乱れた生活をしていたとあります。曰く、酒もタバコも飲み、男友達の多い生活です。終戦間もない当時、肺結核は依然として死の病という称号にたる猛威を振るっていたので、そうでもしないとやっていられなかった気持ちがよく分かります。
 そんな綾子の元を、前川正というクリスチャンが訪れるようになります。彼もまた、肺を患った青年でした。二人の関係性や顛末は割愛しますが、ひどく私の胸を打つ話があります。ある日、丘の上で綾子の暮らしぶりに反省を求めた前川は、動じない綾子に涙します。すると、ため息をつくや否や小石を拾い、自分の足を激しく打ったのです。綾子を救うことが出来ない自分を罰する為に。何も信ずることが出来ない綾子が心動かされた瞬間でした。
 前置きが長くなりましたが、私にも彼のような青年がいたのであれば、きっとこうはならずに済んだのでしょう。しかし、なってしまった以上は、罪を白日の元に晒さなければなりません。

 私には、昨年の暮れより交際している相手がいました。過去形ですから、会わせてあげることは出来ません。彼は、とっとと縁を切るべき相手でした。他の女の影がチラつき、平日の昼間からどこかへと消えては、翌日の始発で帰ってくるような男でした。それだけならというわけではありませんが、ただのクズです。二人でいる時の甘言に絆されなかったかと言えば嘘になる優しいクズです。一度とて、私に声を荒げたり手を上げたことはありませんでした。
 ただし、彼は一つ、絶対に容認してはいけないことをしてしまいました。私と彼には、共通の友人がいました。心に傷を抱え、家で療養する日々を過ごす女性です。私は彼女から連絡や電話があった時は、慎重に、丁寧に、対応するようにしていました。最後の勇気を振り絞ったものだとしたらどうすれば良いだろうか。優しい彼に相談することもありました。今思えば、するべきではなかったのですが。彼はいつも、それが最善であると信じられるような意見を述べました。しかし、そんな最善策とは裏腹に、彼女は首を吊って命を絶ちました。ここまで書くと、もしかするとご存知かもしれません。元交際相手を自殺に見せかけて殺めたというあの事件に相違ありません。彼とは、これを機に縁が切れました。
 早く縁を切れば、彼女が殺められることはなかったと断言出来ます。何故なら、彼女を殺めて欲しいと頼んだのは私だからです。共通の友人とは言え、彼は元カノである彼女と時折会っていました。こっそりではありませんでしたが。そして、体調が良くなってきているらしいと言う彼の優しい口ぶりから私は、すっかり良くなった彼女とヨリを戻したいのではないか。彼女もまんざらではないのではないかと思うようになりました。

 酷暑の折、くれぐれもご自愛ください。

                                敬具

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