外の人(4)


「みなさん、聞いてください。」


私はまっすぐ正面、窓に反射した自分自身を見つめながら声をあげる。


「ただ、聞いていただくだけで結構です。ご通勤、ご通学でお疲れのところ大変ご迷惑おかけしますが、どうか私の話を聞いてください。」


背筋を伸ばし、頭を上げ、つり革を掴む腕もだらしなく垂れ下がらぬよう肘をしっかりと曲げて、私の姿がしゃっきりと真っすぐ立っていることを確認しながら、決して大声ではなく、しかし周りの乗客の耳にしっかり届くよう、ゆっくり、はっきりと私は喋りだす。


「去年、私の弟は死にました。仕事帰り、電車内のことでした。弟は座席に座っていたところ、突然胸の苦しさに襲われ、そのまま座席の上に倒れ込んでしまいました。」


今回は、誰かに向かって話しかけているのではない。いや、つまりそれは誰か特定の個人に向かって、という意味でだ。私の目の窓に反射する私自身を見つめているかもしれないが、今私が話しかけているのは「周りにいる乗客全員」である。当然、そんなこと当の乗客たちは知る由もない。また独り言のようなことを続ける異常者に対し、聴衆はひたすら沈黙を保つだけである。
続きを話す前に、少し動きのダイナミクスと加える。とは言っても、ただ少し頭を下げて、丁度空席になった目の前の座席を見下ろすだけだ。


「ちょうどこの辺りだったと思います。弟が乗っていたのもこの電車のこの車両でした。弟が発作に襲われて倒れたとき、他にも乗客はいました。しかし誰も弟に声をかける人はいませんでした。苦しさで声を出すこともできなかった弟は、そのまま亡くなりました。駅員さんが座席の上で倒れている弟を見つけ救急車を呼んだころには、既に息を引き取っておりました。」


ここで少し間をあける。とは言ってもあけ過ぎて話が切れてしまっては元も子もない。私は周りの反応を確かめるほどの間はおかず、ひと呼吸おいて、続きを喋り始める。



「後で分かったことですが、弟の心臓が止まってから駅員さんが見つけてくれるまでに、既に15分くらいたっていたそうです。その間、座席に横たわった弟に声をかける人はいませんでした。ちょうど今くらい車内はほぼ満員状態だったらしいですが、弟を避けるように隣りの席は空いたままで、立っている人もただ見ていただけらしいです。」


ついに感極まってきた私の喋りはにわかに揺るぎ始める。こみ上げるものを堪えるように、少し顎を上げ、若干声を上ずらせながら私は喋り続ける。


「みなさん、私、私は、決して怒っているわけではないんです……!その時の周りにいた人、一緒に乗っていた人たちを恨んでいるわけではありません……!私ももしその時のそこに居たら、全然知らない他人だったら、きっと酔っぱらいだろうと思います。酔っぱらいが寝てるだけだ、絡まれたくないから放っておこう、そう思ったと思います。しかし、これだけ多くの人がいて、弟がただの酔っぱらいではないこと、息をしていないこと、なぜ誰も気づかなかったのでしょう。弟が発作に襲われ倒れた瞬間を見て、異変に気づく人がいなかったのでしょうか。考えても仕方のないことです。それは分かっています。それでも考えてしまうのです。もっと私たちが普段から互いを気遣い、声をかけるのもためらわない世界だったら、弟は助かったのではないか……悔やまれて仕方ないのです…!」


しばしの沈黙。あと2分ほどで青砥駅に着く。到着に合わせるよう、私のスピーチもいよいよクライマックスに入る。


「弟が死んだのは10月6日、3年前の今日です。推定時刻は午後8時10分、ちょうど今頃の時刻です。39歳、明るく、家族思いの弟でした。ご皆さん、突然の勝手にお話してしまい、大変失礼致しました。それでも…どうか、良介のこと、私の弟のこと、満員電車の中でたった一人死んでしまったこと、覚えていってほしいのです。皆さん、大変勝手なお願いですが、どうか、どうか今から1分間、私と一緒に黙祷してあげて下さい。弟の冥福を、もうこんな悲しいことが起こらないよう、一緒に祈ってあげて下さい。何卒お願い致します…。」


かつてない重苦しい空気が立ち込めた車内。私は、満を辞してフィニッシュを決める。



「——黙祷!」



車内に響き渡る私の黙祷コール。その後の長い沈黙。
その時、その瞬間の車内の空気は、乗客の心持は、一体どのようなものだろうか。

「意味不明」の一言である。
そもそも私の「お話」がどこまで人の耳に届くかが怪しい。ガタゴトと列車音が響き渡る車内だ。かつ私もそれほど大きな声で喋ったわけではない。それぞれスマホを見たり聞いたりして自分事に集中している乗客たち、まず離れた人にはほとんど聞き取れないだろう。またその中でも他人の独り言、何を言ってるかという内容まで真剣に聞いている者など、ほとんどいないに違いない。


しかし、私のすぐそばにいる人たちにとっては、そうもいかないだろう。ましてや私の先ほどの「前科」を見ていた人、見しらぬ女性に一方的に話しかけ、彼女を下車するまで追い込む変質者の犯行一部始終を見ていた者、何が起こっているのか正確に理解できた者は、この唐突な「続編」の開始に肝を冷やすだろう。私の突然の独白が始まった途端、まずその場で凍りつくしかない。同時に否応なく、思わず聞き耳を立ててしまう。このキチガイ、何をしでかすか分からない。自分の身を守るためにも、注意力を持って聞き必要とあらばすぐに逃げなければならない。
しかし話の内容までしっかり聞いて理解してもらえるかといえば、やはり怪しい。逆の立場になって想像してみればすぐ分かるが、文脈の分からない話を、ましてや知らない人間から突然聞かされたところで、なかなかすんなり頭に入ってくるものではない。知らない他人の弟が死んだとか発作がどうとか、知ったこっちゃない話を突然聞かされても「やべえ、なんかやべえ」以外の感想を持ちようがない。


そこで効いてくるのが「黙祷」だ。とにかく「黙祷」だけでもしっかり伝われば良い。
なぜなら黙祷というのは、どこであろうとそこに居合わせた人に沈黙を強要する、強力な魔力を持っているからだ。
しかしまぁ、そもそもこの国の電車内というのは大抵静かなものだし、というかこの時一番うるさいのは突然独り言を言い出したこの私だろう。しかし、とにかくもこの静けさは「黙祷」によっていつもとは違う意味合いを醸しだす。ただ、いつも通り静かにしているだけなのに、私が「黙祷!」と叫んだせいで、まるでそれが私のそれに従い、一緒に祈ってしまっているような、奇妙な協力を行っているように錯覚させる。
あるいは、丁度私の背後側の座席に座っている中年の女性二人。実は先ほどから、ごく慎ましい大きさで「うん、うん」「そう、そう」とお喋りを楽しんでいた。決して大きな音を出して車内のノイズの中心となるようなことはせず、むしろその「うふふふ」「おほほほ」という楽しげで朗らかな掛け合いは、皆仕事帰りということもあってかどこか神経質で冷たい空気を纏ったこの車内の雰囲気を人間味ある温かさでほぐしてくれるような、そんなホッとさせる安心感みたいなものを与えているような気がした。
しかしそんな二人の朗らかなお喋りも、私の「黙祷」宣言で意味が変わる。二人が私の話を聞いていたかどうかは関係がない。(実際、背面にいるからほとんど聞こえないだろう。)重要なのは私の周り、この「黙祷」が強制執行されているこの間合いから見た二人の姿である。強制執行といっても当然、私は「お願い」をしただけであって強要する権利も手段も持っていない。勝手に言って勝手にやっているだけであり、周りの人も黙祷しなければならない理由はない。しかし、私が勝手にこの「黙祷モード」を作ったせいで、それまで通り普通に喋ること、あるいはこれから口を開くことがあたかも「黙祷破り」というような、制約を反故にする行為になってしまうのだ!
いやいや、そんな制約、私が勝手に思っているだけであるはずがない。ない制約を誰も守る必要はないし、ましてやそんなもの聞こえていない反対側のおばさん達にとっちゃ知ったこっちゃない。私がそう思い込んでいるだけだ。
ずばり、その「思い込んでいる」というのが重要なのだ。少なからずこの狂人=私は、今が黙祷の時でありそうすべきだと、自分ではそう思い込んでいる。そのことが周りに理解してもらえれば、私の目的は果たせたも同然である。


ちなみに今更だが、私に去年死んだ弟などいない。全部今思いついた作り話だ。
いや、実際弟はいるのだが、今もピンピンしてる。あと名前は良介ではない。(妄想の中とは言え、とっさに偽名が浮かんだのはどういう防衛本能だろうか。)


とにかく私が今周りに見せているのは、愛する弟の喪失に打ちひしがれながらもその冥福を祈ることしかできない、可哀想な男の姿である。しかし実際可哀想な人だと思われているかは重要ではない。問題は私がはっきり「黙祷」をお願いしたこと、「同情を買ってください」と周囲にお願いしたことなのだ。普通に考えてこんな勝手なお願い、他人は聞き入れる必要などない。
しかし、ここにいる男はキチガイ、少なくとも普通(マトモ)ではない。もしここで口を開いたり、何かこの男の気を害するようなことをしたら、何をされるか分からない。睨まれるか、あるいは激高して絡んでくるかもしれない。恐ろしい。周囲に緊張が走る。向こう側で楽しそうにお喋りしているおばさん達、危ないかもしれない。明らかにこの男のモードに反する。自分の身の安全とは直接関係ないが、さっきまで気にも止めていなかった話声が突然不安と緊張を孕んだ不協和音に聞こえてくる。そんな風に周りの人が感じてくれれば、私はもう満足である。


さきほど1分間と予告したが、実際は次の駅につくまで、人が乗り降りして入れ替わるまで、黙祷を続けよう。いつまでも続く沈黙。しばらくはその不気味な静けさの中じっと硬直するしかない乗客たちも、その後私がもう何も喋らない、起こさないのを見ると、徐々に緊張感は薄れ、やがて日常の揺り戻しがやってくる。『あれは何だったんだ』『この人は何なんだ』『聞き間違いじゃなかったよな』、頭の中で様々な言葉が浮かび、やがてそれらはまとまって各々「理解」を作っていく。
『きっと統合失調症だな』
『芸術系のパフォーマンスかも』
『ユーチューバーだろ。近くに仲間がいて動画撮ってたんだ。ドッキリ動画みたいの。クソだな』


素晴らしき日常のたくましさ、そこで暮らす私たちの真面目で健康な精神は、一瞬の「揺らぎ」に対してもすぐに軌道修正し現実のあるべき姿にオートフォーカスする力を備えている。もうこればっかりはどうしようもない。私が幽霊か超能力者でもない限り、この日常の力をねじ伏せるような非日常は生み出せない。しかし、もし力わざで無理矢理捻じ曲げようとするならば、方法が無いことも無い。しかしそれはきっと日常に生きる人の「何か」を奪うことになるだろう。簡単な話だ。大切なもの、かけがえのないものが突然失われてしまえば、それまでの当たり前は簡単に崩壊してしまう。しかしそれでも日常とはすごいもので、それを含めてまた新たな日常を育んでいくだろう。しかしもちろん、失われてしまった「何か」が再び戻ってくることはない。私もそれは、望まないどころか想像するだけで恐ろしい。


そうだ。だから、これくらい許されて良いはずだ。これくらい、誰の何も奪うものではない。むしろ失うのは私だけで、周りはそれを提供される立場だ。深刻に悩む必要はない。そう考えると、最初の女性に話しかけるアイデアはやっぱりやり過ぎかもしれない。あっちの方は確かに彼女の安心と平和を奪う行為だ。ルール違反だろう。黙祷の方は、黙祷だけだったら、アリなんじゃないか。考えてみれば、いきなり知らない人たちの間で一人話を始めるのは、なかなかハードルが高い。つっかえずに喋れる自信がない。しかし「黙祷!」と一言叫び後は黙っているだけだったら、できそうだ。そう、今ここにいる私でもできそうだ。


瞬間、また私は妄想の中から目の前の現実に引き戻された。目に映るものは鮮明になり、吊り革を握る手が急激に汗ばむのを感じた。前の座席に座る赤縁メガネの女性、先ほどまであれほど恐れ視界に入れることすらできなかったにも関わらず、今の私にはもはやどうでもよく、文字通り眼中に無かった。体の奥から例えようのない衝動がせり上がってくるのを感じ、それが脳に達するとひとつのサインランプのように点滅していた。


—やるか。今、やるか。

(つづく)

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jun

外の人

小説の練習で少しずつ書きます。展開もオチもまだ考えてません。
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