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マジック・カーペット

【小説】 ※無料で最後まで読めます

夢の中で生真面目なセールスマン風の男に魔法の絨毯を手渡された。その絨毯の上に乗り、心の中で念じるだけで、意のままにあやつることができるという。アラームの音で目を覚ます。枕もとに巨大なロールケーキが置いてあった。よく見ると、ぐるぐる巻きにされた絨毯らしきものだ。絨毯らしきものを狭い部屋の中で広げてみる。絨毯らしきものは絨毯になった。ペルシア風の細かい刺繍が施された美しい絨毯。いかにも空飛ぶ絨毯、といった感じの絨毯。

ためしに絨毯の真ん中あたりに座ってみる。「飛べ」と念じる。なんと僕を乗せたままふわりと宙に浮くではないか。空飛ぶ絨毯だ!

しかし実際に浮いてみるとわかるのだが、とくに何もすることがない。ふわふわ揺れて気分も悪い。僕は三半規管が弱い。天井に頭を軽くぶつけた。すぐに降りた。とりあえず蛍光灯の裏側がかなり汚れていることがわかった。

まさか魔法の絨毯で外を飛び回るわけにもいかないし、かといって家の中で使っても、脚立と同じような役割しか果たさない。

真夜中に、彼女の住むお屋敷まで飛んでいって、ベランダで僕に想いをはせつつ「魔法の絨毯で会いに来てくれたらいいのに」なんて考えているところに会いにいけたらロマンティックだな、と思うけど、彼女とは先月別れたばかりだし、ベランダのない1Kに住んでいる女の子だった。「でっかい蜘蛛が出たからなんとかして」と夜中の3時に呼びつけられたこともあった。あのとき魔法の絨毯で駆けつけたら笑ってくれたかもしれない。僕は再び絨毯をロールケーキに戻して枕元に置いた。

その夜の夢にも同じ男が出てきた。僕は絨毯を返却し、これはちょっと使い勝手が悪い、というようなことを言った。男は落胆した表情を見せたが、「それでは仕方ありませんね」と僕の手から絨毯を受け取った。そして恨みがましい口調で「あなたなら、この絨毯で世界を変えることができると思ったのですが」なんてことを言う。

その言い方にちょっと腹が立ったので「絨毯で世界を変えられるような時代はとっくに終わっているんですよ」と言って男を睨みつけてやった。そんな時代があったかどうかは知らない。「これからは高機能ヨーグルトが世界を変えるのです」と付け加えた。変えないと思う。

目を覚ますと僕はすぐに枕元を見た。絨毯はない。蛍光灯の裏側のことを思い出し、脚立のかわりにしかならないのだったら、脚立のかわりに置いておけば良かったな、と少しだけ後悔した。


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