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「ゾーンみたいだな。ストーカーの」


ジョゼフはそのデカい身体を屈めて、ゆっくりと車に乗り込んだ。


「やっぱあんたデケェな」  

 牧師は、助手席にこじんまりと収まる190センチの中年男をみてしみじみと呟いた。  白いワンボックスの横には〝コスモスの家〟と書かれてある。これは牧師の教会の隣に建つ、児童養護施設の名前だ。フロントガラスに、小さなヒビが入っているのが少し気になる。  

 羽田からは、牧師の運転で富士山に移動した。  

 初日は富士山に花をたむけに行って、2日目に富山県の警察署に見つかったリュックを取りに行く。3日目の早朝に飛行機で帰国する予定だ。


 富士山。  

 三年ぶりのあの山に、また会いにきたのだ。


「富士山はまだ入山禁止エリアになってるんだ」  

 牧師が運転しながら言う。

「入っていいのは、研究者か、お偉いさんかって感じ」

「なにかヤバい物質でも見つかったのかい?」

「いや、なんにも聞かされてないから分かんないけど」  

 我々平民には、と牧師は笑った。

「ただ山梨とか静岡の知り合いは、みんな物騒になったっていってるよ。富士山の周りにチラホラ軍の連中が立ってるって」

「そりゃ穏やかじゃないな」  

 なるほど。一外国人風情が入山できる可能性はないという訳だ。

 たとえこの山で亡くなった者の身内であったとしても。

「私も、近くまでは行けそうにないな」  

 ジョゼフは力なく言う。

「富士山がキレイに見える場所に停めるよ」  

 牧師は明るい声でそう言った。

 三年前の隕石落下の事故で、富士山五号目より少し上はほぼ抉れてしまっている。  フランスでも、たまに日本のニュースを見かける事がある。立ち入り禁止エリアになっているという話は、前々から聞いていたので、あまり驚きはしなかった。


 それよりもオカルト界隈での盛り上がりの方が熱かった様に思う。

 有名なオカルト雑誌や、陰謀論で盛り上がるネットの配信者がこぞって富士についての記事を載せた。  謎の集団が富士山に入っていくのを見た、とか夜になるとUFOが降りてくる謎の研究所があるだとかないだとか。

 ネットで盛り上がる反面、現実のニュースでは一切の情報は表に出ていない。これが、この国の情報操作の一環なのかは正直よく分からない。


 ただ、今も間違いなく富士山は立ち入り禁止区域なのである。


 ジョゼフは窓の外を流れる田舎の風景を助手席からぼんやりと眺めた。

 ほんの少しだけ窓を開ける。

 外は寒いが、草の香りがする。

「ゾーンみたいだな。ストーカーの」

 何の気無しに呟いた。

 牧師はハンドルをたたいて、「っぽい」と言って続けた。

「まぁでも、富士山に〝願いの叶う部屋〟があったとしても、おれは入りたくないね」

「何故? ヤマアラシみたいになるのが怖いから?」

「いや。おれの願いが〝オヤジに逢いたい〟だったら困るから」

 ジョゼフは隣で運転する牧師を見た。

「自分を捨ててった相手に、いつまでも逢いたいなんて願いが、おれの本当の願いだったら困るから」

 そういえばこの男も児童養護施設の出身だった。

 こういう時、何と答えればいいのか。正直迷う。

 ただ、ジョゼフが牧師を慰めようと思ったのは、確かである。

「私はぜひ会いたいね、丈碁。君のお父さんに。会って〝君と出逢わせてくれてありがとう〟って伝えたいからね」

 牧師の名前を呼んでそう言うと、和賀丈碁はわざとらしく鼻をすすって、泣き真似をした。そして、そっとジョゼフの右手の上に手を乗せてくる。

 強面だが愉快な男だと、ジョゼフは思った。

 この男はタルコフスキーの映画を見るような人物にはまるで見えないが、実はかなりの読書家で映画好きなのだと昔聞いたことがある。

 漫画も好きでたくさん読んでいるみたいだった。

「…」

 ジョゼフは牧師が、車のポケット置いた車のキーに、UFOのキーホルダーがぶら下がっているのを横目に見た。


 穏やかな車の走行音が少し心地良く感じる。

 ワンセグでは午後のニュース番組が流れていた。JAXAの新しいロケット打ち上げについて、コメンテーターたちが楽しげに話している。

 中年の眼鏡の男が嬉々として解説している。


〝さぁ、日本の宇宙ステーションのモジュール第一号打ち上げまであと4日となりましたけれどもー〟

〝ワクワクしますねー!〟

〝来年はトヨタの月面探査車も打ち上げになるのでねー、ぜひここで日本もね、世界の宇宙開発への躍進に一役買ってねー…〟


 画面の下には視聴者のコメントが流れ続けている。

——ついに日本の宇宙ステーションか!

——晴れたらロケット見に行きたい!

——そんな金どこにあるだよ、日本。

 好意的な意見の中に、アンチが混じるのはよく見る光景ではある。


「これ、種子島から打ち上げるのかい?」

「そ」

「見たいな」

「見て帰れば?」

 牧師は適当なことを言う。


 ワンセグの中にいる若い女性のアナウンサーが、楽しそうに繰り返し流れるのロケットの映像を見ている。

〝ただーし、生憎のお天気になりそうなんですねー〟

〝是非是非みなさま、晴れるようにお祈りしてくださいねー〟

 画面に切り替わると、曇りマークが一週間を埋め尽くしている。

 新潟も金沢も、雪だるまのマークがいくついていた。

 あいにくのお天気というやつだ。


「あ、そうだ」

 牧師は思い出したように言った。

「あと2人乗せて行くから」

「ん? 誰を?」

 ジョゼフは驚いて振り向く。そんな話は聞いていない。

「女の子2人」

 牧師はサングラスをかけた。

「ひとりは10代です」


 何故こっちを見る?


 この男が言うと、犯罪者の言葉に聞こえる。


 変な空気が流れる。


 ワンセグの中のニュースは終わり、子ども番組のアニメのopが始まり出した。 アリストテレスからアインシュタイン、シュレーディンガーやガリレオなどが、可愛らしい見た目のキャラになって踊っている。なるほど、理系のショートアニメか。


 最後にゴスロリの女の子が、傘をさして真ん中に現れた。

 これが日本の教育番組なのか。面白い。

 ゴスロリの女の子は、こっちに向かって最高の笑顔でウインクをした。


 七色の星がとぶ。  



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