盆栽を買う日は何時ぞやになるのか。

―私は初めて畏怖の念を抱いた。

これはある日のことである。その日は寒風吹き付ける如月には珍しく、晴れ渡り気温も高く春を思わせるような気候であった。
ここのところ社会の荒波に揉まれ、現実に向き合うことに嫌気をさしていた。だからこそ普段見ることが出来ない、美しいものを自分の目に焼き付けたかったのである。その時の気候は私の心意気を歓迎しているように思えた。

実を言うと盆栽を見に行っていたのである。そのために盆栽の美術館へ私たちは繰り出したのである。
それまで私は盆栽に対し漠然と「恰好が良い」だの「美しい」だの「綺麗」だの、その程度の凡庸な感想しか抱いていなかった。
しかし、待ち受けていたその美術館の形は大層大きな日本家屋という雰囲気で、あまりに自分の考えていた「美術館」像とかけ離れたものとなっていた。

美術館と言えば、万人に開かれており、我々庶民に対して数少ない高等芸術を鑑賞する場所として存在しているように思える。だからなのかもしれないが、世にある美術館という建物は「いかにも」感をバリバリと周囲にお飛ばし遊ばせられている。
しかしながら、その盆栽の美術館はあまりにも生活に馴染んでいる ― 特に我々のイメージする日本の生活に。だから私のような程度の低い盆栽像を持った者が、盆栽たちの住まいのような佇まいをしたこの家屋の門を跨いでいいものか、非常に躊躇ってしまった。
どうやら一緒に来た友も同じだったらしい。思わず顔を見合わせてしまう。

だがここまで来たのも何かの縁。振り合う袖も何とやら。ここで踵を返すのはあまりにも無粋である。盆栽たちは逃げない。ここでありもしない勇気を振り絞るのが男のなんとやら。だからこそ私たちは歩みを進めた。

中に入ると、やはりここは盆栽たちの生活する場所であった。ここで盆栽は生まれ育っている-しかしそうした盆栽達を見てみると、不思議なもので、躊躇いはなくなり、むしろ私の中で好奇心が湧いてくる。
「どうしてこの木はこんな形になっているのか。
 どうしてこの木はこんな色をしているのか。
 どうしてこれほどまでに木々は美しいと思わせて来るのだろうか。」
そんな疑問が尽きることなく溢れ出てくる。

ここでこの盆栽美術館の不思議な点を一つ紹介しよう。それは展示されている盆栽を購入できる点である。だから値札がつけてある。
興味本位で見てみるとそのどれもが到底私が手を出せる値段ではない。
それはそうだろう。こんな権威ある場所にある盆栽が云万円で買える訳がない。私はそんな諦めがあったからこそ、まだ興味を持って見れていた。

だが、そこの女将さんと話した時に全てが変わった。
「あの盆栽、1億円なんですよ」
天文学的な値段を本気の口調で私の耳に直接届けられたことは初めてであった。ただただ口があんぐりと開いてしまう。
実際その盆栽は堂々としたもので、寒空が続いた東京の街の一角で誇らしげに聳え立っている。そしてその「盆」には私たちが到底手を付けられない自然の形を見事に宿している。
そこには考えられないほどの時間、人の手が加わり、その巨大な何かを宿している。
―ああ、だからか。
だから、この値段なのだな。―

私はここの盆栽がこんなにも高額であることに納得した。
どれもが、自然の「力」、いや地球の光景の何かを切り取って、そのまま鎮座している。それらは神々しくもあり、もはや恐怖すら感じるのである。

樹齢が何千年もする木々には魂が宿るという。そしてそれらは御神木として奉られ、崇められる。その苔むした姿や、あまりにも巨大な佇まいを目撃した我々は背筋が伸びる思いになってしまう。もうそこには"魂的な何か"が宿っているのだろう。だからこそ、ピンと張りつめた空気や緊張感を我々に与えてくる。

まさにその状態となってしまった。あまりにも尊いのだ。あまりにも魂が宿りすぎて動物的なのである。
それを齢25の若造が趣味で手に入れてそばに置いておこうだなんぞ、あまりにもおこがましい。
もう私は、小さな木々のあまりにも大きすぎる存在感に畏怖の念を抱かざるを得なくなってしまった。

しばらく盆栽を買うなんて言うことはないだろう。今の私が何をやっても到底彼らに良い盆栽生(盆栽人生?)を送らせることは不可能なのだ。

だが、諦めた訳ではない。自分の手元にある苗盆栽ならまだ私の手の中でものびのびとさせてやれる自信はある。無理をせず、自分の身の丈に合ったところから、精一杯あの尊い盆栽たちに近づけてやりたいのだ。

私にはそれくらいがよく似合う。そう、なんでも大きすぎるものは身に余るのだ。
だが、これからもあの美しい盆栽たちを見に行きたいとは思う。彼らは季節によって様々な表情を見せるからである。
会いに行けるアイドル的なニュアンスもあるかもしれないが、私にとってはそれに近いなにかだ。
尊くて美しい、そして自分の手には収まらぬ何かなのである。
#日記 #盆栽

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Hajime Mashita

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