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春の終わり、夏の始まり 6

美咲が部屋を出た後、リビングの空気は重く、冷たく感じられた。
唯史はソファに座り直し、頭を抱える。

これまで美咲と築いてきたはずの信頼、愛情、未来が、この瞬間に崩れ去っていくのを感じた。
ともに過ごした時間、二人で描いた未来、笑顔、そして涙すらも、すべてが無に帰してしまうようで、唯史の心は深い絶望に沈んでいった。

何がいけなかったのだろう……
唯史は、自問自答を繰り返す。

思えば美咲は明るく社交的で、人と交流することを楽しんだ。
対して唯史は内向的な性格で、静かに過ごすことを好む。
この違いが、二人の間に距離を生んでいたのかもしれない。

美咲が外出を楽しむ一方で、唯史は自宅で過ごす時間を好んだ。
その内向的な性格に、美咲は飽きてしまったのではないか。
彼女にとって、唯史は退屈な存在になってしまったのではないか。

飽きたというのは、唯史の外見にも関係するのかもしれない。
唯史は少年のころから、端正な顔立ちと洗練された雰囲気で、多くの人を魅了していた。
だが控えめな性格ゆえ、近寄ってくる女性に対して心を開くことが苦手だった唯史は、見た目のわりに女性経験が驚くほど少ない。

美咲も、唯史の外見に魅力を感じていたのは明らかだった。
彼女は、唯史のもの静かな性格を「クールで素敵」と表現し、友人たちに「イケメンの彼氏」として紹介することもあった。
だが結局は、その外見にも飽きてしまったのではないか。

美咲の裏切りはプライドを深く傷つけ、唯史は自分の価値さえ疑い始めた。
どうして、この兆候をもっと早く見抜けなかったのか。

ショックと怒りは唯史の内面で渦巻きながら、やがて深い悲しみへと変わっていった。
唯史は、美咲を愛していた。
美咲が唯史に愛情を感じていたのか、今となってはもうわからない。

唯史は静かに立ち上がり、窓の外を見た。
霧雨が煙る中、街の灯りだけがぼんやりと光っている。

自分がどれほど孤独であるかを、唯史は痛感した。
美咲との思い出が脳裏をよぎるたび、心がさらに重くなる。
自分が何を感じているのか、何をすべきなのかも、唯史にはわからない。

ただひたすらに、この苦痛が和らぐことを唯史は願っていた。

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