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春の終わり、夏の始まり 5

唯史はスマートフォンを手に取り、画面を美咲の目の前に差し出した。
「これ、説明してほしいんだけど」
静かに、冷静に、唯史は言った。

画像を見た瞬間、美咲の表情が一変した。
一瞬の沈黙のあと、美咲は戸惑いを隠せずに、
「これは、これは…間違いよ、私じゃない」
急いで言うも、その声は震えており、画像から目をそらす。

唯史は冷静さを保ちつつも、内心では怒りと失望が渦巻いていた。
「間違い?そんなわけはないよね?どう見ても、これは美咲だよね?」
唯史の声が、次第に冷たさを増していく。

美咲はしばらく黙っていたが、
「だから、これは…誰かがいたずらで作ったのかもしれない。とにかくこれは、私じゃないわ!」
強く言い返すも、美咲自身もその言い訳が弱いことを感じているようだった。

「まさか。この画像は、美咲のスマホから送信されてるんだよ?君はおそらく、相手の男に送信したつもりだったんだろうけど」
決定的なセリフに、美咲はとうとううなだれる。

数秒の沈黙ののち、美咲が口を開いた。
「ごめんなさい」
その声はかすかに震えていた。
「その画像は…先週、私と彼が会った時のものなの。本当にごめんなさい。あなたを裏切るつもりはなかった」
「でも、ただの遊びだったの。本気じゃないわ」
美咲の目には、涙が光っている。

「ただの遊び?だから何?」
唯史の顔から、いつもの温厚な表情が消えうせ、切れ長の目に暗く冷たい光が宿る。
美咲は圧倒され、さらに声を震わせながら答えた。
「そう、遊び。私たち、いつもすれ違っていたから…寂しくて…」

美咲のありふれた言い訳に、心がさらに痛む。
だが唯史は感情を抑え込み、冷静さを保とうと努めた。
「寂しいから、こんなことをしても良い、と。俺たちはすれ違っても、その男とはすれ違わない、てことか」

美咲はもはや反論する言葉もなく、ただ下を向いたままでいた。
それが、すべて事実であることを証明した。

この白状によって、部屋の空気は一層重いものとなった。
唯史は深く傷つき、もはや言葉も出ない。

美咲が自分との関係を裏切っていた事実を認めるのは辛かったが、真実を知ることで、少なくともこれ以上自分をだますことはない、と感じていた。
唯史の心は重く沈んでいく一方で、何とかこの混乱から抜け出す方法を見つけなければならない、と考えた。

美咲は涙を浮かべながら、相手の男との関係をどうすればいいのかわからない、と言った。
どうやら、不倫相手と別れるという決断はできないらしい。

しかし唯史にとっても、美咲と以前のような関係に戻ることは不可能に思えた。
美咲は立ち上がると、バッグを手に部屋を出た。

重く虚しい空気と、降り始めた雨の音だけが、部屋に残っていた。

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