楽する農法、協生農法

自然の仕組みを利用して楽をする協生農法、みんなの希望である。

https://youtu.be/mFT-kmujruQ?si=PVdRjBqHicvkNd5z

多種多様な農作物を一つの土地で栽培し、例えば、雨でトウモロコシが不作でも落花生やその他の収穫はできるという不思議な農法だ。しかも、土地を耕さないで、ただ、植えるという。雨が降ったらドロドロ、乾いたらカチカチの酷い土であっても、なんともはや、大丈夫なのである。そして、収穫物の味は濃く、ファイトケミカルという植物の自己防衛による副産物的な栄養が豊富に含まれており、体にも良いという。
放置している田んぼや畑があれば、なんでもかんでも植えて、できたものを収穫すればよい。もちろん、いままで通りの農法で大量に収穫できる農家の畑の需要もあるが、家庭菜園の方法としてこれから十分に拡大していくのではないだろうか。日本でうまれた協生農法はすでに世界に広まりつつある。
TBSの報道で、”多様性”というワードが強調されているようには感じたが、皆にとって有益な報道だ。

なぜ今になってこの農法が!?(陰謀論的推論)

この農法に関しては、またもや全世界を救うレベルの貢献だ。最近、鳴りを潜めているが、人工石油ぐらい大きな発見なのではないだろうか。人工石油はメタンハイドレートのように、石油の利権でフェラーな財閥に消される可能性もある。
しかし、すでに世界各地で実証されている協生農法は、余程サイコパスな方法を駆使しないかぎり、その他の発明のように消されたりしないだろう。
ちなみにサイコパスな方法とは、共食いコオロギを放つ、毒をばらまくなど、物理的な妨害だけではなく、人々の記憶から消すという発想に基づく方法もある。

おかしくはないだろうか。
自然の仕組みを利用して放置するだけの農法が、なぜ今更、現代人によって発見されるのか?

協生農法は我々ずぼらな人類が一番最初に試しそうな方法だ。勝手なイメージだが、日本でいうと弥生時代の原生林で協生農法でいう天然の農地を発見して、モチャモチャと野菜や山菜を食べていそう。

"自然の仕組みを利用しないように人間の発想を制限されていた"と、この考え方が妥当ではないだろうか。(※考案者の功績を貶める意図はありません)

制限?何によってか、それは言うまでもなく、我々の頭に植え付けれた”常識”によってである。

科学者の多くは人類の進歩に貢献してくれている英雄であるが、たまに彼らが加担した”常識”が邪魔になることを心に刻んでおこう。あと科学者、もとい研修者の属する組織のスポンサーがどこなのか、そこは極めて重要な部分だ。もう闇成分は要らない?あっそ。

メタンハイドレート、カムバーック!



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