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歩道の信号

歩道用信号が赤であれば、例え車の来る気配が全くなくても、必ず止まるようにしている。
ルールを守りたい、と言う正義感より、僕のそばで赤信号を渡ってしまう人の「せっかちさ」「堪え性のなさ」を心の中で捕まえてマウントを取りたい、と言うナナメの気持ちが、ルールを守らせているだけの話である。

全く車の往来する気配のない横断歩道の前で立ち止まる僕を傍目にして、
・構わず渡る人
・躊躇しながらも「エイヤ」と渡り始める人
・おもむろにスマホを取り出して
 「連絡を取っているから止まっているんです」
 と言わんばかりに立たずまう人
・居心地悪く止まる人
・仲良く止まってくれる人
ひとそれぞれ。人間模様も楽しい。

車のパーツが壊れたので、電車を乗り継いで、駅から少し離れたカー用品店に向かう道すがら。育ちの良い中層階マンションが並ぶ閑静な住宅街。片側3車線の幹線道路沿いの歩道を歩いていると、小さな公園の脇から伸びる、細くて見通しの良い道が目の前を横切っていた。
歩行者信号は赤。脇道から車が来る気配もないし、少し待てば青になるだろう。いつも通り僕は横断歩道の前で待っていた。

歩道の向こう側から歩いてくるのは、大学生位の女の人だろうか。少し長めの黒髪ボブで、寒い中タイトでショートなデニムスカートを履いている。これから横浜にでも遊びに行くのだろうか。きっと電車でも1時間位はかかるだろう。そんなことを考えながら信号が青になるのを待っていた。

やがて女性も横断歩道に差し掛かり、道路越しに目があった。
この脇道は普段全く車が通らず、ゆえに、この信号を律儀に守っている人が皆無なことを知っている目だ。「意味のない停止」をする僕を見て、困惑する目だ。
そういうのにもゾクゾクしてしまう。

彼女は、普段過ごす街から大きな街に遊びに行くのだろう。
どんな友達か、パートナーか知らないけど、きっと楽しい時間を過ごすのだろう。
彼女はそういう奴を一瞥しながら、赤信号を渡ろうとした。が、一瞬よぎった良心の呵責のせいなのか、脇道沿い側に歩いたかと思えば、横断歩道から5mほど離れた車道を、スタスタと渡った。

まだ青信号を待っていた僕の前を彼女が横切る直前、また目があった。

僕をもう一度だけ確認するような目だった。

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