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仕事に疲れた人が電動自転車で行ったり来たりするだけの話

社会の荒波という電車に軽くはねられてしまったので、いつもとは少し違う生活をしている。

年末、仕事で疲れすぎてしまった。心療内科の先生からも、会社の上司からも、あまつさえ妻からも「焦るな」「急かすような事は考えるな」と言われながら、何もない一日を、少し多めに過ごすことになった。
確かに、自分は少し焦りすぎていたのかもしれない。

朝、少し疲れた感じで起きて、子どもたちの朝ごはんを用意し、パンと、少しのサラダを子どもと食べる。僕以上に気怠めに起きてきた妻のパンを焼き、先に食事を摂り終わった子どもたちの着替えを急かしながら、少し慌てて保育園に送り出す。

思ったようにジャンバーのボタンを締められず、癇癪を起こす息子をなだめすかしながら電動自転車に載せ、昨晩お風呂の中で流行った「あ、い、う、え、おにぎりー」と一緒に歌いながら5分ちょっとの自転車ライドを済ませ、保育園に送り届けた後は、僕にとって何もない一日がはじまる。

自転車に乗る道すがら、踏切に差し掛かる。
普段なら自分が乗っていたであろう、通勤特急がものすごいスピードで通過していく。そこに乗る大勢の人を横目に、ああ、きっと僕も、みんなのようにたくさん焦りながら日々を過ごしていたのかな、と感じる。


ここ最近、自分の心は行ったり来たりしている感じだ。事実、急に言い渡された休みを持て余して、ああだこうだ心を蛇行させながら過ごしている。

ふと、志賀直哉の「城の崎にて」を読みたくなった。
詳しいストーリーは忘れてしまったが、作者である彼も、社会に轢かれてしまったことをきっかけにあの作品を書いた、と聞いたことがある。何か共感できるものがあるのかもしれない、と思った。それぐらいの理由だ。
今日はせっかくだから、少し離れた大きな図書館にでも向かって、本を探して読んでみよう。そういえばこの間、映画を観ていたく感動した楢山節考、これもきっと面白いに違いないから読んでみたい。
強い向かい風に押し戻されながら、電動自転車にアシストしてもらいながら、街一番の大きな図書館に向かう。

今日は検索コーナーの調子が悪く、自分で書棚を探すしかないらしい。10分ほど探して、どうやらお目当ての本がこの図書館にないことがわかった。少し残念がりながら図書館を後にする。今日はもう少し行ったり来たりしよう。そういえば最近、ここの近くにある別の図書館が改装されたらしくて、そこにいってみるのも良いのかもしれない。
自転車の重いスタンドを倒しながら、そっちに向かうことにした。


その図書館は、月曜日は休館日らしかった。
普段なら調べてから行くから、前もって気づくべきだったけど、そういう「気の回る」自分はどっかに行ったまま、まだ戻ってきてないらしい。
いつもガラス張りのオシャレな外観に、いろんな人がいろんな書物に目を凝らしながら読書に耽っているサマを、普段羨ましく眺めてたから、そのガラス張り建物はいつも以上に寂しく見える。
せっかくだから建物をぐるりと回って、入り口に戻ってきてみたりもしてみたけど、やっぱりそこには空っぽのガラスが鉄骨に張り付けてあるだけだった。


今日はもう少し行ったり来たりしてみよう。
家からは近いけど、帰り道からはちょっと外れにある図書館もある。追い風に押されながら、最後の図書館に向かうことにした。

そういえば、この図書館に自転車で行くのは初めてだったな。どうやって入るんだろう。入口近くで少し戸惑ってしまった。
一時利用のエリアと、普段定期利用してる人が使うエリアが混在している。今いるエリアはどっち?と迷っているうちに手前の自転車が出ていった。ちょうど良いからここに停めよう。
電動自転車の重たいスタンドを立てて、さて駐輪は完了。

…あれ?一時利用の自転車は有料なのか。目の前の貼り紙を見て気づく。まずい。不法駐輪してしまう。券売機はどこだ?駐輪場内をフラフラと歩き回りながら、少し離れたところにやっとこさ券売機を見つけて、100円を払って駐輪票をゲット。もう一度自転車のところに戻ってきた。えーっと、これは自転車のどこに貼れば良いのだっけ?
どうやら券売機の所にホチキスがあって、それでハンドルがどこかに留めるらしい。僕は自転車の重たいスタンドを再度倒して、カラカラと券売機の前まで進み、駐輪票をホチキス留めして、再度元のスペースに戻って駐輪タスクを完璧にこなそうとした。
戻ると、そこには新しい自転車がもう停まっていた。新たなスペースを探さなければいけないようだ。僕はもう少しだけ行ったり来たりする。
やっとこさ新しいスペースを見つけ、僕は駐輪を完全な形でこなす事ができた。

この時点で読みたかった本がなんだったのかをすっかり忘れていた僕は、駐輪場の中でウンウンと少し考え込んだのち、わかんないからとりあえず図書館に入ることにした。


さすがに1月中旬ともなると、夕方から暗がりまであっという間だ。風もどんどん強くなってきている。着込んできたチェスターコートの中のニットも、「これだけ寒かったらあとは知りませんよ」と言わんばかり、僕の襟袖のスキマから地肌に染みるような風を送り込んできている。
足早に図書館の入り口に向かうと、レンガ造りの古びた建物は「本日休館」の立て看板と街灯を残して、寂しく僕を出迎えてくれた。


ここ最近は、行ったり来たりを繰り返している。
夕方の特急電車が、朝よりは少し速度を落として、せわしなかったみんなを運んでいる。

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