幸先

来週、東京に旅立つ。
30歳過ぎて転職をしたのだ。
東京生活への期待と、
地元を離れる不安の両方がある。

旅立つ前に、
入院しているばあちゃんに会いに行った。
最近、ばあちゃんは
私が誰だかわからない日がある。
今日はわかるかな?
その心配は杞憂に終わり、
ばあちゃんは私を見てにこにこしていた。

東京に行くの。転職したの。
うん、うんと頷くけれど、
どこまで理解してくれているだろう。

引き出しからばあちゃんが財布を取り出した。
ああ、また1万円くれるんだろう。
いつもの通り、お礼を言って受け取って、
あとからそっとばあちゃんの財布に戻そう。

「これば、持っていけ」
そういって渡されたのは、野口英世だった。
思わず笑みがこぼれる。
たぶん、これはばあちゃんの中で福沢諭吉。

「ありがとう」と言って、
大事に大事に私の財布にしまった。
永久保存版の野口英世だ。

きっと東京でいいことがある。
だってばあちゃんのくれた野口英世は
優しく微笑んでいるもの。


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