はじめてのピース・ライト

タール 10 mg、ニコチン 1 mg、入数 20本。
濃紺の箱に金のロゴが印象的な煙草。
タールもニコチンも多いショートピースとは違って、低タールでピースを楽しめる、ライトなタイプ。

人の記憶は匂いと結びつきやすいという。嗅覚は大脳辺縁系に直接つながっていて、情動との関連付けがされやすいらしい。小説『失われた時を求めて』にも、香りによって過去を思い出す場面がある。
私の中の煙草の香りは、15歳年上だった元カレが吸っていたわかばとIQOS、それに重なる彼の香水の匂いの印象が強い。その強い残り香が存外、嫌いではなかった。でも、一悶着あって別れただけあって、街中で似た香りがしたときに心が波立って何故だか不安な気持ちになった。

煙草のあまりよくない印象が払拭されたのは、ピース・ライトを初めて吸ったときだったのかもしれない。
きっかけは本当に単純。"推しが吸っているから吸ってみたい"、本当にそれだけ。それをなにかのSNSに書いたら、偶然セフレが持っていて吸わせてもらうことになった。彼はたまにしか煙草を吸わない人だったから、何のタイミングで買ったかも忘れていたらしい。
スーパーで適当に買ったお酒を飲む宅呑みの最中、「お酒飲むと少しだけ煙草が吸いたくなる。」とこぼした彼のあとについて、一緒にベランダへ出た。夏のはじめごろ、夜は湿り気を帯びた風が緩く吹いていて、夏らしいけど不快になるほどの暑さはなかった。少し湿気た煙草に火を点けた彼に倣って1本取出し、そこで彼がふいに顔を近づけた。「そのまま吸い込んで、」と言われるがままにしていたら、彼の煙草の火が私の煙草にうつった。そのまま生産性のない会話をして、お互いに少しだけネガティブになった気がする。やらなければいけないこと、学校、仕事、人付き合い、全部投げ出して、何も考えないでいたかった。煙と一緒に弱音も吐き出してしまいたかった。ベランダの欄干に凭れてなんとなく見た彼の表情も、どこか虚ろだった気がした。単語だけを雑に繋げたような一言一句に曖昧な相槌を打って、そうして短くなった煙草を持て余しながら、ひとつ、触れるだけのキスをした。

このときから煙草の印象は、湿った夏の空気とアルコールの香り、ピース・ライトのバニラの様な香りが混ざり合った、何とも形容しがたい、ただ決して不快ではない印象に置き換わった。

これが、エモいってことだったのかな。

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