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黒壁山 取材記録

 金沢出身の文豪・泉鏡花の作品に『黒壁』という短編がある。数多くの怪異や幻想譚を書き上げた鏡花が「加賀国随一の幽寂界、黒壁」と表現した物語の舞台は、金沢市の郊外、三小牛(みつこうじ)町にある黒壁山(くろかべざん)である。
 江戸時代に書かれた『三州奇談』や『亀の尾の記』にも「魔魅の住む所」「魔所なり」と記されている。また昭和十二年発行の『加賀志徴』には「国祖公、金沢の御城を今の如く築き給ひしころ、御本丸の地は当国にての魔所なりしが、此黒壁山の所へ移るべきよし命有て、それより今に至り当国にての魔所と成たるよし」とある。つまり、もとは金沢城の地が魔所であったものを、前田利家が黒壁山に移したというのだ。
 黒壁山に祀られている九万坊権現の由来記によると、白山を開いた泰澄大師が黒壁山で修行の折に、九万坊・八万坊・照若坊の三聖が出現したため、祠を設けて祀ったのが始まりだという。一説には、三聖が現れたのは現在の兼六園内にある山崎山で、前田利家が黒壁山に遷座したともいわれる。明治時代初めの廃仏毀釈で九万坊権現は一時廃されたが、後に天台宗薬王寺が守護する形で復興し、現在に至っている。
薬王寺の青木大榮住職によると、九万坊とは大宇宙全てのもの、八万坊は諸々の神仏、照若坊は元気で活動する様子、を表しており、白山三所権現と縁あるものだという。また、九万坊には六つの天狗の面が伝わっているが、そのうちの三つは富樫一族の霊だとのこと。
  
 全国に広く分布する白山(はくさん)信仰は、本来「しらやま」信仰であったろうという説がある。白い山に入って帰って来れば「生まれ浄まる」ことができる、という擬死再生の思想のシンボルが、シラヤマであった。
 
 古来より、医王山や戸室山と並んで、加賀白山修験を伝える黒壁山があり、ご神体の権現は天狗として知られ、加賀藩前田利家公の頃からは代々国主の祈願所とされた。
 九万坊大権現は、あらゆる魔障を払い、すべての心願を叶えるといわれ、とくに火伏・商売繁盛の霊験があると言い伝えられている。
 
 桃雲寺には九萬坊堂と、その記念碑がある。

 この九萬坊大権現はもと金沢場内にあったが、不吉なことが起こるので、別所の「黒壁山」に移されたが、信者達が祭典を行うに不便であるのでここに遷座したとのこと。
 
 金沢市南部、住宅地に隣接する里山であり、山頂に九万坊大権現の奥の院がある。麓の九万坊大権現の本殿左手から石段が伸びる。この石は鶴来町の天狗壁から運び、一つ一つに寄進者の名前が刻んであるそうだ。

(2004年取材)

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