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あんかけスパが教えてくれたこと

12月。

師走であり、年の瀬であり、暮れである。

当然ながら忙しい。年末進行という言葉がいまでも通じるかどうかわからないが、今年は特に11月の後半から怒涛の案件ラッシュである。

しかし、しかしである。

そんな心を亡くす日々にわたしはポッカリと2日間、有給休暇を取った。

そして西へ向かった。

理由は、目的はあえて書かない。極めて個人的なものだから。

西の地で何をしたか。それもここでは明かさない。明かさないが、ひとつだけどうしても書いておきたいことがある。

それは、この2日間の昼食はどちらもあんかけスパであった、ということだ。

付け加えるならばどちらもあんかけスパの元祖、スパゲティハウス『ヨコイ』のあんかけスパであった。

ただし、店は異なる。1日目は住吉本店、2日目はKITTE名古屋店でいただいた。メニューも若干違う。住吉本店ではスペッシャル1.5、KITTE名古屋店ではミラカン1である。

この、クソ忙しい年末にトライした食べ比べで、わたしは大きな発見をした。大きなというよりも、大きすぎる発見である。学会があったら発表するレベルだ。

今日はそのことについて記しておく。

あんかけスパについておさらい

まずはあんかけスパについて、そしてヨコイについておさらいである。

あんかけスパとは数ある名古屋めしの中でもおそらく未来永劫、東海地方から外の地域に進出することのない、キングオブ名古屋めしといえるだろう。その代わり、なぜか名古屋市内や近隣の地域では比較的目にするメニューでもある。

特徴を端的に表現すると大きく3点。麺は太麺をラードで炒めている。ソースはドロっととろみのあるスパイシードミグラ風。野菜や肉、魚のフライなどトッピングが豊富である。

基本、この3つを押さえた上でお店ごとに特色を出している。あんかけにカルボナーラをミックスしたソースで提供する店、ソースが極端に軽いあるいは重い店、鉄板に卵を敷いてその上にスパを載せる店。どの店も差別化を図ろうと必死である。

元祖は『ヨコイ』とも『そーれ』ともいわれているが、もともとあんかけソースを開発した横井氏が親類と一緒に立ち上げた店が『そーれ』であり、そこから横井氏が独立して『ヨコイ』をオープンした、というのが正しい史実。

わたしは『そーれ』も好きだけど、やっぱり子どもの頃から親しんでいる『ヨコイ』を支持するものである。

いちばん古い記憶は小学校低学年の頃。夏休みに父親とその商売仲間とみんなで海に遊びに行き、帰りにヨコイに寄ってあんかけスパを食べた。

あの夏の夕方の、オレンジ一色に染まった車外の風景と、カーラジオから流れる『小沢昭一の小沢昭一的こころ』のテーマ曲。冷房機がグワングワンと音を立てて冷風を吐き出す店内。油が染みた柱や床。ぜんぶひっくるめてヨコイである。

そんなヨコイであるが現在3店舗。住吉本店と錦店、そして最も新しい名古屋駅にあるKITTE名古屋店だ。今年で創業60周年。還暦を迎えて、ますます名古屋からは一歩も出ないでいただきたい、と切に願う。

ちなみにわたしは過去にもあんかけスパに関するnoteをいくつか書いている。それぐらいにはあんかけスパを愛する者である。

住吉本店のスペッシャル1.5

もともとのメニューの表記は「スペッシャル」だった。おそらくタッチパネル式に変わったときに「スペシャル」と現代読みにアレンジされたのであろう。

名古屋駅から地下鉄東山線に乗り、伏見駅で降りる。そこから歩いて7分、住吉本店のあるサントウビルの2階を目指して幅広の階段をかけ登る。わたしはこの瞬間がいちばん好きである。

時間は14時10分。ランチタイムは15時までだから店内はガラガラであった。店員のおばちゃんがヒソヒソ話をしていてわたしに気づかない。だがそれでいい。 

壁も調度品も昔のまま

ぜいたくに四人がけのテーブルに座ったわたしは、メニューがタッチパネルになっていることに驚いた。そしてオプションに「紙エプロン10円」や「粉チーズ100円」とあるのを見て、時代の流れを感じた。

名古屋メシにはありがちな現象だがカレーうどんや台湾ラーメン同様、ヨコイのソースは豪快に飛び散る。白いシャツなど着ていこうものなら食後、シャツはオレンジ色の粒で染まるだろう。しかし紙エプロンみたいな小洒落たものはそれまでのヨコイにはなかったはずだ。

わたしは事前にダイソーで5枚入り100円の紙エプロンを購入してきていた。わたしはいつだって用意周到なのである。

ここでは迷うことなくスペッシャル(この表記で統一させていただきたい)一択、イチハン(1.5倍量)をオーダーする。

スペッシャルは全ヨコイのメニューの中で最もシンプルである。具はこし卵とウインナーだけ。それがいい。

あんかけスパといえばミラカンという世論に抗うわけではないが、スペッシャルは地味だけにあんかけスパの本質に迫ることができるのだ。わたしの人生は常にスペッシャルでありたい。

客はどうやらわたし1人だったようで、瓶ビールに続いてスペッシャル1.5はすぐに出てきた。

神々しい…

見た目からしてごっついスペッシャル1.5だが一口食べるとその見た目通りボカンとやられる。ガツンと殴られるのだ。旨い。旨すぎる。

ラードでギトギトに炒められた太麺。これでもかといわんばかりの粘度で迫りくるあんかけソース。まさにここでしか味わえない逸品だ。皿の上のあんかけスパはどんどん減っていく。ワシワシと腹の中に収まっていく。

わたしは大きな満足とともに完食を迎えたのであった。

KITTE名古屋のミラカン

次の日の10時過ぎ、わたしは名古屋駅にいた。目的はヨコイKITTE名古屋店であんかけスパをいただくためである。

前日の興奮も冷めやらぬまま、11時の開店を前に店の場所を確認しにいく。するとどうだろう、すでに行列ができているではないか。そうだった、ここは名古屋だった。あんかけスパ発祥の地なのであった。

わたしは自分のうつけものぶりを恨んだ。よく考えれば昨日はランチタイム終了前。空いているわけだ。今日も同じようにサクッと着席できるとは限らない。甘い。甘すぎる。バンホーテンのココアぐらい甘い。

わたしはあわてて行列の最後尾についた。

ヨコイメイトが並ぶ、並ぶ

11時を少し回ったとき、ガラガラとシャッターが上がる。店員さんの案内でぞろぞろと店内に入っていく。わたしもギリギリセーフでカウンターにつくことができた。

前の日がスペッシャル1.5だったし、前夜遅くまで酒を飲んでいたので今日は…と、珍しくミラカンの1というオーダーをチョイスした。隣のサラリーマンはミラカンのダブルだ。ダブルとは2倍量。イチハンよりもだんぜん重い。すごい、さすが本場である。

ほどなくしてミラカン1がサーブされる。

ミラカン

うん、これこれ、と思いながら麺にフォークを通す。

ん?

そのままクルクルとフォークを回し、麺にソースを絡める。

んん?

一口ほおばると、ここまでに感じた違和感は確信へと変わった。なんというか、住吉本店とはまるで異なる味わいなのである。

まず麺の炒め具合。これは果たして炒めたのか?と思えるほど火の通りが軽い。火力が弱いのか、ラードが足りないのか、その両方か。

そしてソース。全体的に量が少なく、温度も低い。そしてドロッとした感じもしない。

これは!
と、わたしはあることを思い出した。

それはヨコイが東京渋谷の東急百貨店の催事場に出店したときのことだ。あのときのあんかけスパはわたしを大いに落胆させた。麺はぐずぐず、ソースはどう考えてもレトルトを温めたものだったからだ。

ヨコイKITTE名古屋店のあんかけスパは、まさしく東急百貨店に出店し、満足のいかない設備の簡易キッチンで慣れない調理から生まれた、あの“仕方のない”あんかけスパに近いものだった。

しかし、だからといってわたしはヨコイKITTE名古屋店のあんかけスパを否定するものではない。これはこれで、まごうことなきヨコイのあんかけスパなのだ。どちらかというと今風と形容することができよう。

正直、古くからのヨコイジャンキーには物足りないだろう。しかしあんかけスパ初学者、あるいはエントリーには適した味にチューニングされていると言えばじゅうぶんに納得できる。

いままでヨコイのあんかけスパを食べたことのない方なら、ますはこの店からはじめるのもいいかもしれない。ロケーションからしても間違いないだろう。県外からのお客様をこれからも暖かく迎えて欲しいと思った。

食べ比べてわかったこと

これだからヨコイはチェーン展開できないんだ、ということである。住吉本店とKITTE名古屋店だけでここまで味が違うのだ。とても10店、20店と増やすことなど難しいだろう。ましてやFC展開など味のコントロールが効かなくなるばかりだ。FCによって美味い不味いの強烈な格差を生み、それで多くのファンを失った『天下一品』からぜひ学びを得てほしい。

そして今風の軽い味わいだったKITTE名古屋店と比べて暴力的とさえ言える住吉本店のヘビーな美味しさ。まさに「これだがや!」と名古屋弁で太鼓判を押したくなるアブラギッシュな感じ。

わたしはこの2皿の違いから、こうも思った。

それは、住吉本店では“時の流れ”がえも言われぬ味わいを添えているということだ。何千、何万回と振られたフライパンにこびりついた旨み、客を鍛え、また客に鍛えられたともいえる強い火力、そこかしこに染み付いたラード。ソースを煮る鍋やオーブン、店内のそこかしこにおいしさのエッセンスが閉じ込められているのである。

そしてそれはできたばかりの新店やご家庭、あるいはインスパイア系には逆立ちしても再現できないかけがえのない味なのだ。

これまた名物のポテサラ


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