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こころを救ったノート

※ 本文中に精神疾患に関する記述があります。
  しんどくなったらただちに読むのをやめてください。
  また、特定の治療法の効果を保証するものではありません。
  治療法についてくわしく知りたい方は必ず医療機関でご相談ください

暗闇の中でつづったノート

20代の頃、うつの症状が苦しくてしかたがない時に、
無意識に続けていたことがある。

当時はキャリアが閉ざされ自分の道が見えず、
人には到底言えないような苦しみを抱えていた。

ルーズリーフを半分に折り、左半分にひたすら思いつくことばを書く。

「苦しい」「自分になんて価値がない」
「社会とのつながりがほしい」「じぶんが消えていく」――

Photo by Nick Fewings on Unsplash

綺麗なんてもんじゃない、ここでは書けないような心の内まで、
震える乱雑な字で書きなぐる。
途中息が切れ、脈が全力疾走のあとのように強く押し寄せ、
心臓を直接、金糸で縛り付けられるような痛みをおぼえた。

誰かになぐさめてほしかったわけでなく、自力で自信を取り戻したかった。
だから、書いてひと段落して、あたたかい飲み物をのんで落ち着いたあと、
もう右半分にまったく新しいことを書いた。

――「苦しいよね」「そんなになるまでよく耐えたね」
「言われてつらかったんだ 怒っていいし、悲しんでいいんだよ」

さっきまでとは別の自分になりきって書いた、自分にあてた手紙。
自分の苦しみを「他人事」として受け止めれば、
傷ついた誰かに接するように優しくなれる。

のちに、いくつかの心理療法と出会った。
僕のしていたことは気持ちの「外在化」とよばれることで、
同時に「リフレーミング」とよばれる視点を変える技法に近いと知った。

気持ちを書きだすことの効果

心理療法における「外在化」は、
心の内面にかかえる問題を本人の心と切り離して考え、
客観的にとらえようとする試みだ。

心理学における外在化とはやや意味が異なっていて、
要するに「いったん書いて整理しよう」、
「自責の念などにとらわれず問題解決にあたろう」
という趣旨の取り組みだと考えればわかりやすい。

人間は、自分の心の中にある問題について意外と冷静になれない。

「〇〇さんのせいだ」と特定の誰かに結び付けるのと同じ理屈で、
自責傾向の強いひとは「私のせいなんだ」と
何の解決にもならない思考に陥りやすい。

でも、誰かのせいにして物事が解決することなんて、あるんだろうか。
他人のせいにしても解決しないのと同じで、
自分のせいにしたって、誰も幸せにならない。

うまく言葉にならない胸の内を書き出してみると、
こんなことを考えてたのか、とびっくりする。

同時に、そりゃ苦しいよな……と冷静な気持ちで、
自分の苦しみを可視化できる。

ひとは、言語化できないものの実体をつかむことはできない。
自分を苦しめているできごとや考えをどう評価していいかわからないから、
心の中で抱えたままだと苦しんでしまう。

半分に折ったルーズリーフは、メスだった。
僕の心にあった悪性腫瘍を切り裂いて取り出す、
痛みをともなう外科手術の役割を果たしていた。

つかみどころのない、雲のように生きる

笑っていられる時間がふえた今、
ふりかえってみると、ストレスを避けるのが上手になったと感じる。

何がストレスになるかを熟知して、「あ、やばいな」と思ったら
上手にその場を離れることができるようになった。

illustration by ふじたかなこ on 水彩の挿し絵屋さん

無理に関係を断つ必要はない。
ただ、機嫌の悪い上司にはさっと報告して離れたり、
悩みごとの相談を受けても
「ゴメン! 疲れたから今日はここまで!」
と正直に断ったりできるようになった。

いまの境地に至るには、
最初にのべた「心をつづるノート」も役立った。
苦しみの正体を知らないままでは、
どんな状況を避けて通るべきかもわからなかったはずだ。

心根の優しい人が健康に生きるための秘訣は、
自分も他人も攻撃しないことだと思う。

そのためには人よりちょっと工夫が必要で、
心の中の悩みや苦しみをしまったままにせず、
言語化するのもひとつの手だ。

最初はむずかしいこともあるので、
できれば専門知識のある誰かに教わるのが安全だ。
どうしてもすぐにはむずかしい時は、
書籍などでもやさしく手引きが書かれていることもある。

ここまで読んでくださったあなたは、
きっと他人のことを思いやれる心の持ち主だと思う。

どうか何者にも傷つけられず、優しいままでいられるよう願う。
その何者かにはあなた自身もふくめて、
自分自身を傷つけることのないよう、強く願う。

この世に生きる誰だって。
下を向いて生きなきゃいけない、なんていわれはないのだから。

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